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栃本から梓山への峠道

■口上
連休中の陽気で一気に季節も更新したが、その僅か一週間前(4/24-25)に名残雪を得た十文字峠を抜けて栃本から梓山へと歩いてきた。
秩父は盆地だけあって何処へ行くにも峠を越えなければならない。その峠道の数は100を下らず200とも言われており、峠道の宝庫といったところである。峠だらけで大変ではあるが、見方を変えると奥多摩、甲州、信州、上州、児玉や入間などへは峠を越えることでどこへでも最短距離で届くことになり、十文字峠は信州と江戸を結ぶ最短経路として甲州街道や中山道の裏街道的側面を持つ。古来から信仰の道、交易の米の道、馬産地からの馬の道であり、嫁入りの道でもあったという(山村と峠道/飯野賴治)。また別な本で同氏が書いた栃本辺りの木地師の生活を読んだこともあり、ナマの人々がさまざまな用事を抱えて往き来した峠道にふと温かみを感じていた。また、栃本、十文字、梓山の地名は田部重治の著書にも良く登場し、ワラジ履きの彼らが驚異的な速度で縦横に歩き回った山域の一端を歩いてみたいと思い始め、昨年は甲武信岳や奥秩父主脈縦走などをし、どちらかというと地味な山域ではあるが、やはり秩父側へいかなばなるまいという機運が醸成されていた頃のこと、同時に日本のULハイカーにとって峠越えは格好のフィールドではないかとも感じており、かつての峠越えは追いはぎや山賊や狼も出るから夜間に通ることは稀で、大体は明日は峠越えともなれば麓に一泊し翌早朝に大きな握り飯を持って歩を急いだというが、交通が発達しているので前泊までする必要はなく、朝一に都内を出ればバスで最奥地の峠の登り口に着くのはだいたい10時を過ぎで、この時点で4,5時間の遅れであるから、走る人や夜歩き系でなければ挽回するのは困難であって、お陰で按配良く途中で一泊する行程を考えることができる。道の多くは樹林帯であり、険しいところを避けて付けられた道であるし、張るにしても峠道は結構立派な道幅だったり、昔の休憩所や中継ぎ場の跡などはBivyを広げるくらいの場所が見つかるとくれば好都合。こんな道はデカいザックに重登山靴などという、おおよそ古人の格好から乖離したアルピニストの孫請けのような装備より、ズックと軽量装備で歩を進めるべきだろうし、可能である。泊まるにしてもBivy、ツェルトやタープなら古道の雰囲気にマッチするんじゃないかと思っている。
全くの負け惜しみであるが、山の高さや連泊数を誇るでもなく、普段の生息の場から手軽に移動して誰もいない山で充分に心細い一夜を思い知らされるような、そんな一泊山っ気補充型な過ごしをしたい恰好の場所として価値が高いのではなかろうか、と考えることにしている。

■装備(※は新規投入品)
最高所1800mm付近の最低気温は八ヶ岳の予報を参考に-5℃と見積もった。これを基に
屋根
・BlackDiamond Lightsabre Bivy
寝姿
・Nunatak Arc Alpinist Quilt
・POE Peak Oyl Mtn 2/3
Snow Crash PossumDown Haramaki
・BPL COCOON 60 Parka Pertex Endurance,full zip.
・Montbell Down Inner Pants
その他
Caldera Cone Stove, BPL 550 Pot, w/Esbit
Aquamira Frontier Pro Filter
・Six Moon Designs Swift pack'09※
・Montrail Hardrock Mid GTX
・Kahtoola KTS Crampon
・CyberShot DSC-HX5※
極力無駄な物を持たなかったので、そこそこ軽い荷で収まった筈。

■登山口まで
池袋から西武新宿線で秩父まで行って御花畑で乗換えて三峰口からバスってな感じだよねっていい加減に時刻表を引いたのが失敗だった。池袋を7:35発に乗ってから何気にiPhoneで確認したのだが、三峰口発9:35発バスに対して、秩父鉄道急行秩父路 1号で三峰口着が9:40で5分の遅刻となる事が判明。えっ?これってデスマーチ進行なの?急行と接続しない訳ないしとか思っていたけど、やはり秩父1号の到着時にはバスは出た後であった。このバスに間に合うためには池袋を7:30発の西武特急ちちぶ5号から秩父鉄道快速急行に乗り継がねばならなかったらしい。なんということ!閑散とした駅前で臍を噛んだも後の祭りである。ぽかぽか陽気になった駅前で暫し思案する。駅を一つ戻れば熊倉山から酉谷峠を経て日原へ下りる峠道も選べるのだが、GPSはあるが楽しむべきコースの下調べができていない。ちょっと考えがまとまらなかったので、客待ちのタクシーに栃本までナンボと聞いたら六千円ほどだという。安くはないなと思いつつ、先ずは駅前うどんを食ってから考えることにした。で、天ぷらの出来はアレだがうどんは安いなぁと感心していたら、せっかくうどんが安かったのでタクシーに乗ろうという気になった。次の使える休みが来るまで暫く間が空くし、酉谷も嫌いではないけれど、せっかく盛り上がった十文字の機運を没にしたくないしで。というわけで、場所が変わっても例の如くTAXIで時間を買うことにした。が、乗ったTAXIの運転手はいい人で、山歩きする人なので周辺の山の話も聞くことができたし、秩父往還を栃本関所までと走ってもらって5750円。流石プロである見積もりはかなり正確だった。メータを上げてから運転手曰く、先日雪が降ったので奥まで道を確かめたいので入るけど良かったら乗って行くかい?と言うことなので、有難くその上の栃本広場まで乗せていただいた。ラッキーであった。

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■歩き
11:00 栃本広場には立派なトイレが建っており水道もあったので水を補給した。途中の水場を知らないので、とりあえず無補給で行けるだけ3Lを補給し、フワフワしていたザックも落ち着いて安定が良くなった。実は前日に降雪があったので、充分な雪があったら水を捨てて広口のPlatipusに雪を放り込んでAquamira Frontier Pro Filterで吸いながら歩こうと思っていた。さて、本来なら栃本関所跡から両面神社方向へ行ってから一里観音で尾根道に入るのであろうが、今回は有難いことに楽をして栃本公園まで行ってしまったため、先ずは公園から見えている尾根に短い急登をして登ってしまった。実はこの辺は道が入り組んでいてよく分からない。歩き始めて、途中倒木や荒れて心細い道もあったが、一里観音に合流してからの道は流石に昔から踏まれた道らしく、時に軽トラックなら通れるくらいの幅になったりで歩きやすい。が、新旧取り混ぜた鹿の落とし物だらけなのには参った。下手に避けて転んでも運がないので、まだつやのあるヤツはアレだが、きな粉状の古い物は踏んで歩くことにした。JMT馬糞街道に比べたら小粒でかわいいモノである。暫くは南面に付けられた暖かな道を歩いたが、そこから見える向こうの山の北面はまだ雪で真っ白であり、なんでもその前の週にも降雪があり、三峯で50cmとか言っていたからこちらも北面に入ればそれなりかもしれないが、今回はズックに付けられるKahtoola KTS Cramponを持って来ているので安心することにしていた。
やがて東京大学の演習林の標高1500mくらいからか、日陰に昨夜の降雪の残りが現れるようになったが水を作れるほどは採取できないが、梢からは雪解けの滴が落ちてきて時に首筋に心地よい。昔の人ならいざ知らず、あまり急いで歩いて今日中に向こうへ突き抜けてもつまらないのでユルユルと歩く。

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13:42 いよいよ白泰山に掛るところで道は北面を巻くようになると、鬱蒼とした奥秩父の樹林帯の中、昨夜の雪の下に先週の雪も残っていて一変して冬の道となった。雪面を嘗めて谷から吹き上げる風は冷たく、手の指もかじかんでくる。Cramponを着けるほど凍結はしていないが、無造作に足を置くと滑りそうな箇所も増えて来た。早くも南面の春が懐かしい。白泰山山頂への分岐に差し掛かったが、看板によるとヤブで眺望もないとのことなので先を急いだ。二里観音まで歩けば南面に出られるはずである。

14:08 二里観音は残念ながら観音様は見つからなかったが立派な避難小屋が建っていた。奥の暗さの予感で少し躊躇われるような重い扉を開けてみたが、中にはストーブが据えられていて板間も小綺麗な感じでわるくない。
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のぞき岩の展望台でDSC-HX5でスイングパノラマ写真を撮ってみた。確か雁坂嶺方面である。
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一切の編集なしで下手くそな私が撮ってもパノラマ写真になるのは素晴らしいが、270度のパノラマになるので、けっこう腰をひねらなければならない。

その後も何度か春と冬を行き来したが、15:50、三里で観音様の姿を拝むことが出来た。文献によると「大村久兵衛、上田平右衛門、従梓山三里六丁」と刻まれているらしい。
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手がふさがっているので詫びるように片手で拝して礼をした。
黒戸尾根の様に所狭しと奉納されたお地蔵さんだらけというのも私念が渦巻く感じで薄ら気味悪いのだが、公に全ての旅人を想って建てられた里程ごとの観音様にはそれもなく、建立者や維持してきた人々が有難い。この少し先に昔の中継小屋跡(電波ではなく米とかの中継)があるらしいのだが、歩いているときは気がつかなかった。あるいは道が付け変わっていたかもしれない。1860mの南面を巻くように歩くと、岩の斜面に水が表れたのでAquamira Frontier Pro Filterの出番である。ホースを窪みに伸ばすことで無理な姿勢にならずとも冷たい水を腹いっぱい飲むことが出来るのは嬉しい。
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あまり急いでも十文字小屋に着いてしまうが、この辺りになると道幅も狭く寝床にするには頼りない感じだったので、17時まで歩いて良さそうな場所があったら少し戻ってでも泊まることにして、水が出ていればすすったりしながら歩を進めたが、四里観音様のお導きか刻限の17時丁度、目の前に避難小屋が現われた。とりあえず覗いてみたが、ここも小綺麗なログハウス造りである。水場も近いし、どーすんべ?と思ったが、17時を過ぎていること、あと一時間も頑張れば十文字小屋に着いてしまうこと等勘案し、とりあえずここで晩飯にして、18時を過ぎても誰も来なかったら避難小屋のお世話になると言う方針を立てた。
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今日は賞味期限を迎えそうなので連れてきたアルファちらし寿司である。Caldera Cone StoveにEsbitを使って湯を沸かす。付属の袋のままだったので保温用の靴下には押し込めなかったが、ちらし寿司などは冷たくても構わないだろうと暫し放置とす。
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延焼しないように石ころを台にしてEsbit燃やしている。
スープは..おお!食料庫の底から冬におでんをやったときのヒガシマル粉末出汁が見つかったので、そいつを飲むことにした。申し訳程度の乾燥ネギではあるが、ちょっとうれしい。

■泊まり
18時、他に人の来る気配がないので予定通りに小屋で寝ることにし、防寒着を着けて寝床をしつらえた。泊まりのBivyは担いできてあったが、ま、この状況で外で寝るのも変だろう。小屋の中の物干し紐に化繊の夏用の封筒型シュラフが干してあったので有難く敷物として使わせてもらった。Quiltにくるまり、でも背中が露出して冷えない様にPossumDownの腹巻きをして、スキットルからジンをストレートで飲みながら熊谷達也の短編を読んでいた。山の日はすぐに暗くなる。そうなると、こういう広い屋根を持つ建物っていうのはテントと違って音に敏感になる。というのも屋根の面積が広いので、時々どこかに落ちた松ぼっくりの音なども屋根全体に響いて驚かされるワケだ。夜も更けてジンも空になった頃、どうやら木の実や風の音以外にも何か生き物の音も聞こえてきたが、観音様の御利益があろうから気にせずに眠ることにした。マットをQuiltの底に巻き込み正しくCocoonモードにセットアップして肩グリも絞ると温かい。防寒着、マット、Quiltを一体にすることで無駄なく軽量で窮屈のない寝姿が得られる。Quiltの場合、肩と首が少しでも外気に触れると寒さを感じるので、フード付き防寒着とニット帽を着用するのがよい。今回は腰回りの腹巻きがあったので、更に按配が宜しかった。私の郷里の言葉で言うと、あずましいということになる。一度起きて屋外の気温計を読んだが予想通りの-5℃であった。

■翌朝
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7時くらいに朝日で目が覚めてから二度寝を楽しんで、でも仕方なく起き出して土間で湯を沸かして2杯分の珈琲を飲んだ。
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飯は握ったレーズンパンである。スティック状のレーズンパンは湿り気もあって良く握れる。体積も小さくなり、具のレーズンも嬉しいし、安いが朝飯にするには充分な量だし、いざとなったら火や水が無くても食えるので少し重いが重宝する。
腹巻きは、Quiltで寝以外でも無造作に背中が出ないのが嬉しいな。
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贅沢な腹巻きを...Snow Crashさん、ありがとう。
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8:30 サクっと撤収し、床を掃いて小屋を出た。ここから十文字までは小一時間で着くだろう。等高線に沿った北面の雪道をそろそろ歩き、どこが峠だったか分からないままに小屋が見えてベンチに腰掛けたのが9:30、丁度一時間だった。十文字小屋はまだ開いていないらしく人の気配がないが、登って下りた長靴の足跡があったので、小屋の人が昨夜は詰めていたのかもしれない。
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10分ほど休んでいよいよ信州側への下りに掛った。いままでの鬱蒼とした樹林帯から世界が変わり、明るい唐松の八丁坂をどんどん下る。千曲川の源流部であるから、やがて水の音も聞こえてきて顔を洗った。チョロチョロしていた流れが源流と合流する辺りに五里観音が立っており、これが見えれば梓山も近い。

10:56 橋を渡って毛木平の駐車場に入ったが、ここも立派なトイレが建ち自動販売機が置いてあった。いつもの習慣で、山を降りたから炭酸系でも飲もうかと販売機の前まで行ったのだが..実はお腹が千曲川の源流で満たされており、何も人工の物を詰め込むことも無かろうと腹が言うので買わずに済ませた。毛木平から梓山までは、田部重治の頃は見渡す唐松の林であったらしいが、同時期には既に都会の資本に買われてしまったとも書いていた。現在では切り開かれて高原野菜の産地になっているが、遠く八ヶ岳を正面に望み地面のうねりのままに真っ直ぐに伸びた道も気持ち良く、こんな景色も悪くない。
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一本道を歩き、だんだんと畑仕事の人たちを見かけるようになったら川を渡って梓山に入る。
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11:54 清冽な梓川にかかる橋の横に白木屋旅館を見つけた。田部重治や木暮理太郎ら縁の宿である。浴衣が干してあるから泊まり客も居たのだろう。私も今後何度かこの地に来たらお世話になることもあるかもしれない。
あと一時間、白木屋横のバス停の場所を確認し、千曲川の向こう側に細い橋で渡って鳥居の下の芝生の公園で寝転んでバスを待った。暖かで明るい光と心地よい水音に誘われ、不思議に満ち足りた気持ちで少し微睡んでから10分前にバス停に向かった。
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時刻表が調べてきたものとチョト違い10分遅くなっている。小海線の電車との接続が怪しいのでバス停に寄ってきた少年に尋ねると、ちゃんと接続は考えられているから心配ないと思うとのこと。なるほど、そうだよなぁと納得して行き過ぎてから先の広場でUターンしてきたバスに乗り込んだ。停留所でお年寄りが乗ってきては皆顔見知りなのだろう、四年ぶりの御柱祭りの話に花が咲いているご様子。互いにどこで降りるのかも知っているのだろう、名残惜しむ訳でもなく畑の真ん中から乗って来て林の真ん中で降りてゆき、未だ頂の白い八ヶ岳に向かってバスは走る。
田舎道、バスに揺られて帰り道...梓山の帰り道ULG詠む
信濃川上駅には定刻に着いたのだが、お婆さんが急いで降りていったのを見て、電車の時刻が変わっていない予感がした。とすれば接続は2分しかない。私も続いて降りるが..SUICAが使えない。お婆さんは切符売り場の人と世間話などしながら切符を買っている。一万円札のお釣りもゆっくりだ。そのうち踏切が鳴り出して電車が入ってきた。とりあえず近場までの切符で乗り込もうとしたが、切符売りのおばさんにどこまでかと尋ねられ、東京と言うとご親切に新宿までの料金を調べ始めて..もう電車がそこに入ってるし、後ろにもう1人居るし、全然急ぐ気配がないのには参った。発車ベルをホームで聞いたが、外に出ていた車掌にもう1人いる旨を伝え電車に飛び乗った。あら、電車にバスと同じ整理券発行機があるじゃないの!おばさん、無理に窓口で買わせなくても列車内で買えるとか教えて行かせてくれればいいのにね。
その後は沿線に咲く桜を眺め、いや桜以外も一斉に咲いていおり見事であった。小淵沢に着いてホームで蕎麦を食ってカップワインを買い込んで、ゆるりと鈍行で帰って参りました。
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週末とは言え、山の中では誰にも会わなかった。
突然笹藪に飛んでいったあの大型獣は、たぶん鹿だよね。
峠道で一泊か。良いじゃないか。



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こっちは、たぶん押してもらった1/100くらいしか反映されない模様...
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by ulgoods | 2010-05-10 20:14 | 山行