カテゴリ:山行( 61 )

雨雪の奥多摩に遊ぶ

三日目、雨なので行動中の写真は無い。

07:30 雁坂小屋
08:07 水晶山
08:28 古札山
09:22 雁峠
11:26 唐松尾山
12:27 将監峠
12:39 将監小屋
16:17 飛龍山

沿面距離 17.3km
行動時間 09:17

7時チョイ前か、お隣が出立してからBivyから体を抜き取り、撤収して歩き始めが7:30であった。小屋の客もさっき出立したらしく私で最終である。シメシメ、暫くは静かな山歩きができるというもの。小屋は旨い水が豊富に出ていたので2L程汲んだ。出がけに小屋のご主人と少し立ち話をしたが、ストーブのことは根に持っていない様子なので安心して小屋を後にすることができた。しばらくトラバース道を歩き、雁坂トンネルの真上を通り、水晶山へと続く機能分岐した先の縦走路へ出る。雨は細かな霧雨であり、背の低い笹原では風も強い。気温は3、4度台。モンベルのブリーズドライテックの雨具の上のPitZipを開け(US版には付いている)、下はTシャツで熱の収支が拮抗して汗をかかずにちょうど良かった。ミスト充満の天候だったので、荒い呼吸を続けても喉が渇くこともない。手はフリース手袋の上にeVent製のRain Mittをはめているので温かく濡れていないし、袈裟懸けにしたCuben Fiber製のサコッシュも、脇の下に位置するのが良いのだろう殆ど雨の侵入もない。また、靴は非防水だが、Goreの靴下を履いているので足は濡れていないし冷たさも感じなかった。今のところ全て順調だ。ただ眺望が利かないことを除いては...
やがて雁峠へ下りていったが、晴れていれば気持ちの良い笹原なのに勿体ないな。あの景色に結構そそられていたのだがね、仕方ないからまた来よう。で、どーも奥秩父の甲武信からこっちは、要所要所の看板がやたらとデカい。記念写真用のサービスだろうか?有名観光地の案内板でもあんなにデカくはあるまい。かといって下が開いているので風除けににもならず、私にはあまり有難味はなかった。あんなに大きくなくとも地名は分かるのにね。もう少しヒッソリして欲しいかな。
雁峠へは水晶山とか古札山とか通過するが、両者ともさほど高低差もなく一気に雁峠へ下るという感じ。水晶に古札と来れば何やらお金持ちになれそうな気もするが、うっかり見逃しそうな小ピークである。雁坂峠(かりさかとうげ)、雁峠(がんとうげ)と、どうも名前がややこしいし。
ここで向きを変え、笠取小屋へは寄らずに笠取り山方面へ歩く。笠取山直下の水源公園へ通じる道は整備されて広く、ここも天気が良ければと悔やまれる道だ。笠取山は巻き、途中から唐松尾山を通る尾根道になった。気温は下がっている感じ。時々小物の出し入れで不用意に防水手袋を脱いだせいか、古くなってフェルト状に潰れたモンベルのフリース手袋は冷たい水を吸ってしまって指先が痛くなった。辛いのでPossumDownの手袋に交換し、指先をマッサージして血行を戻した。緩い防水手袋のインナーとしては厚みのあるウールが良いようだ。この手袋は濡らさぬように気をつけなければならない。
唐松尾山からは高度を下げて牛王院平へ出た。緩コンター好きとしては堪らない等高線の間隔、一度来てみたかった場所だ。武田の時代には金の採掘もされたというが、今は背の低い笹に埋もれている。さて、喉が渇かなかったし、将監小屋にも立ち寄りたかったので途中で水を1L程捨てたが、将監峠からのスキーのゲレンデを思わせる広大で急な刈り払いの斜面を見た時に後悔した。地図上ではさほどではない気がしたが、水を捨てた罰で風雨に身を曝しながらだいぶ下る羽目になった。こんな天気でも小屋からは煙が立ち上る。温かさげな感じは端から見てもホットする。天場には昨夜見たテントを含めて2張り張られており、寝袋で温々しているんだろうなと思いながら手を切るように冷たい水を2L程補給した。小屋の外に流れている水は豊富で清冽、旨そうだ。まだ12時、沈殿するには早すぎるので先へ進む。下がったからには登り返さなければならない。水を粗末にすると汗をかく羽目になる。下ったのと違う道で縦走路に戻った所で顔を上げたら人が居てびっくりした。そこで結構大きめの荷物のお兄さんに将監小屋へ行ったものかと尋ねられた。水があるなら寄ることはあるまいと答えたが、どーやら売店に立ち寄りたいようなことを言っていた。将監小屋に売店はあるのだろうか?分からないけど期待薄と思うと感想を伝えた。何か要る物があるのかと尋ねたが特に無いと言うし、よく分からない人だった。冷たい雨に打たれて人恋しくなったか?ま、こんな天気でも歩いている人が居たのは私も少し元気づけられた。ここからは飛竜山目指して歩を早めた。というのも夜間の氷点下が予想されたので充分に明るい時間帯にキャンプの準備を済ませたかったから。張る場所は見当を付けてある。とにかく急がねば。
16:17に予定地に到着。まだ歩けるがこの先は痩せた道で張れそうな場所の記憶がなかったので、ここまでとした。17.3kmか、まずまずの稼ぎである。と座って湯を沸かして一休みしたときに、またもや尾根を登り切って来た青年に会った。どーも道を間違っちゃって..と言う。どこで間違ったか分からないが、降りればよいものをここまで登って来た様子。で、どーするかね?と尋ねたら、こーなったら三条の湯へ行くと言う。時間的には日没を越すだろうが、日のあるうちに三岩の分岐まで行けば何とかなるだろう。ま、ザックはデカかったから色々入っているだろうし、最悪ここに人が居ることは分かっているから少しは安心だろう。しかし、道を間違うとは..サオラ峠で三条の湯へ行く道と間違ってそれでも登って来たのだろうか?私も万年初心者だが、私も心配になるくらいの元気者が多い。
湯を飲んで体を温め防寒着を着てBivyの設営に移った。ああ、冷えてガスライターは役に立たなかったので、香港モノの小さなオイルライターと小さく切ったTinder Quickで固形燃料に着火した。持ってて良かったという感じ。また、雨具は撥水剤漬けの高温乾燥後だったので良く水を弾いて面白かった。
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幸い、その場所は真っ平らなのでシワ無くきれいに張ることができたが、少し湿っぽいのが気になっていた。これが後の敗因か?その後、やはり袋のαドライカレーを食い、今夜の雪に備えて防寒ズボンも穿いてBivy内に横になった。この時、ドロ靴を入れる袋がなかったので靴を外に出して置いたのだが、翌朝はやはり凍り付いて紐を緩めるのに固形燃料で炙る羽目になる。ビニール袋を余分に持って靴は枕にするんだった。
17時を過ぎ、日も落ち雨も強くなり時々突風も吹いて天気が荒れてきたが、頭骨入りのLightsabre Bivyは狭い空間を3本のポールで張っているので突風が吹いてもミシリともしない。また、ペグが良く効いたので思いっきり張力を掛けて張った胴体部分も風で拉げることもなく、居住空間は完全に確保された。これからすべき事、どんどん体温を生成して湿ったダウンQuiltをふっくらさせなければならないが、どーも熱が袋に回らない様子だ。背中が冷たい。やはり冷えて湿った場所にRidgeRestマットだけでは地面に熱が奪われて上まで熱が回らない。せめてProLite4くらいにするんだったな。背中が冷たいので半身になって接地面積を減らしたが、微妙に体温生成が追いつかないらしく、定期的に体が震えた。
ふとBivyの側面がピカリと光った。ヘッドライトの電源でも入ったかと確かめようとしたとき、ゴロゴロおいでなすった。まさか雷まで、しかも側面で鳴るとは..前線でも通過するのか外は大騒ぎである。彼らの饗宴を覗いて見る気にもならなかったが、やがてカサカサと乾いた音が耳に入り、どうやら雨は雪に変わった模様。もーこうなったら朝まで体温が保つことを頼んでじっとしている他はない。しかし、寒くて寝られないのは困ったモノだ。同じ方向では接地面が冷えるので頻繁に寝返る。朝までウトウトしながらも寝た記憶がない。かと言って時間が退屈だったこともなく、半寝半覚醒状態で時間だけが過ぎていく感覚を味わった。少し悟りの境地に近づいたかしら?
とかしているうちに外に明るさが認められた。風は既に収まっている。ジッパーの隙間から覗いてみたら向こうの空が赤黒い。それから安心して少し寝たのだろう、次に外を見たときは日も充分に昇り、やはり周囲は一面真っ白であった。Bivy内温度は零度、風雨の吹き込みを避けるためジッパーを閉め気味にしていたせいで結露が凍っていた。中で暴れてBivyの雪を払いのけ、ジッパーを開けて上半身を起こした。やれやれ、ホントに降りやがった、雪だよ...先ずは半身を起こした状態で湯を飲まねば、あらら、外に置いたペットボトルはかなり内部まで凍っているじゃないか。ペットボトルにパンチを3,4発見舞って氷を砕き液体の水を得た。ま、Bivy内にはセイシェルの水を500cc程度Keepしていたのだが、これは末期の水のつもりで滅多に手を付けないことにしている。Bivyを開けたせいか、温度計は外気温のマイナス2.5度を指しており、日が昇ってこれだから昨夜はもっと冷えたのだろう、靴はガチガチに凍り付き、履こうにも紐が緩まない。
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参ったなぁ。仕方ないので固形燃料で鍋を空焚きし、その熱気で上の数段だけ紐を溶かしてGore靴下の足を押し込んだ。Gore靴下の中は昨夜厚手のPossumDownの靴下に履き替えていたお陰で氷の靴に足を通しても冷たさを感じなかったのは幸い。その他は昨日雨で濡れたから、Bivyに入れなかったあらゆるものが凍り付いていた。
最後の餡パンを食って、トレールミックスもボリボリ食って、たくさんお湯を飲んでやっと体温が戻った気がした。人心地付くまでは寒かったのでQuiltを身に巻き付けた。たぶん見た目はアレだろうが誰が居る訳でもなし、たっぷりのダウンが入っているのだ、別途ダウンジャケットを持つような贅沢は出来ないし。

今日も先が長い、あまりゆっくりもしていられない。寒いの嫌ならとにかく動くことだ。7:30撤収完了し四日目を歩き始めた。今日は雲取を越えて、できるなら石尾根経由で奥多摩駅まで歩きたい。飛竜から雲取は昨年に逆回りで村上さんと歩いた道だ。昨年は温かくて乾いていたのだが...でも足跡のない雪道を歩くのはガキの頃から好きなことの一つだ。少し嬉しい。
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08:44、三岩の三条の湯への分岐で四角いフットプリントがあった。おそらく昨日のお兄さんだろう。ここで無事に過ごしたかよかった。でもここも吹き曝しだから難儀したろうな。足跡からすると三条の湯に降りずに雲取へ向かったらしい。
雪は1,2cmくらい積もったようだが、地面はまだ凍えていないので日の当たる南面に付けられた道は一部雪も溶けかかり、不安無く歩くことが出来た。にしても昨日の夜が嘘のように素晴らしい天気だ。水蒸気が全て落ちたせいか、展望のある場所からは富士山はもちろん、海も見え、おそらくあれは相模湾、また東の方のグルリの海岸線は東京湾だろう、であれば富津岬まで見えたことになる。おそらく駿河湾で湧いた呑気なマッシュルームのような雲が順に風に流され次第に成長している様子も見て取れた。
09:43狼平通過。吹き曝しで一面雪であるが、小動物の足跡が付いているのがほほえましい。みんな夕べは大変だったな。
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さて、凍った靴であるが未だ溶ける様子はないし、靴には雪が付着しており、しかも中敷きなしであるが、Gore靴下とPossumDown靴下のお陰で全く冷たさは感じない。
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よく考えればGoreの皮登山靴とてさほど保温性がある訳でなく(ホントに寒いときは革ジャンじゃなくてダウンを着るだろ)、保温は専ら靴下に頼る訳だから、ズックにゴア靴下+保温靴下でも遜色がある訳でも無かろう。むしろ、Goreブーティーが破れ掛った靴よりはマシだと思う。それと、安いゴア靴などは足裏部分にはゴア膜が無く、しかも側面とは一体ではなく縫い付けられているので、どこかしらから水が回ってきて靴下が湿って冷たい、あるいは雨なら時間と共に濡れは免れないが、この仕組みでは足裏もゴアであり、全く濡れないので余計に有利かもしれない。靴が濡れないように外側に近い場所で防御するのよりは、本当に守るべき近傍で完全に防御する方が簡単なのかもと、つま先を見ながら考えた。また、自転車で育成した足の筋肉のお陰か、ボリボリ食ったアミノ酸のお陰か、足の筋肉が痛くなく通常戦力で四日目を歩けていることは嬉しかった。
10:23 三条だるみで大休止。お約束だから富士山の写真も撮る。
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11:27 雲取山。既に山頂には大勢の人が休んでおり、静かな場所もないのでそのまま下りに掛った。予定では石尾根から奥多摩駅に下ろうと思っていたが、寝坊をしたせいで時間が怪しい。日没に掛る危険があった。食料もまだあるし標高も低いから心配はないが、明日の午前の仕事に穴を開けてまで石尾根を歩く気は無いからそのまま鴨沢に降りることにした。そうと決めればサッサと降りる。結局、2.5時間で鴨沢まで降り、5分差でバスに間に合い、奥多摩のそば屋で一杯やって岩魚の燻製も食って天ぷらも食って田楽も食ってホリデー快速に乗って帰途についた。
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酒は澤ノ井の一番汲みというのが季節限定で出ていたので720ml瓶を一本買ったが、飲みきれずにザックに挿してある。

結局山ではチタンフラスコに詰めた酒は飲まなかったので運良く座れた電車の中でフラスコから直接飲み、まだ凍っているペットボトルの水をゴクゴク飲んでいたら、隣のおじさんに声をかけられた。その水は凍らせて持って来たんで?と言うので、昨夜のいきさつを話して応えたが、それにしても良い匂いの酒ですなと...おお、お判りで!せっかく担いでくるので今回は近所のスーパーで一番お高いニッカの竹鶴12年を仕込んであったのだ。とは言え、口を付けて飲んでしまったのでドーゾとも言いにくく、先ほどの余った一番汲みをセイシェルのカップに注いで味見して頂いた。一番汲みもアルコール度数は19%でけっこう旨い。期せずして山のお話など伺い、結局三杯ほど献上させてもらったが、最後におじさん一言、そっちの酒も...わはは、気になさらない方のようなので、チタンフラスコから酒を注いで飲んで頂いたのは言うまでもない。いや愉快愉快。山へ持っていく酒は奮発するのが正解だ。


長々と書き散らしました。読んでくれてありがとう。
何か情報として残ると幸い&こちらもね→


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by ulgoods | 2009-11-16 02:33 | 山行

二日目、大弛から雁坂峠まで

二日目の記録

11月1日、
大弛峠発 06:02
国師ケ岳 07:03
両門ノ頭 09:47
甲武信岳着 11:35
甲武信岳発 12:02
甲武信小屋着 12:12
甲武信小屋発 12:31
破風小屋 13:27
破風山 14:41
雁坂嶺 15:54
雁坂峠 16:30
雁坂小屋 16:41

沿面距離18.933km
所要時間 10:39

なんとか波乱の初日をやり過ごし、本来の山歩きに移ったのは11/1の06:00であった。こんな時刻であるが峠の駐車場はほぼ満車である。車道にはテントも張られ、少し年季の入ったカップルが朝餉の最中であった。また、6時丁度に活動開始を予定していた人もいたようで、青年が独りディパックを担いで金峰山方向へ向かっていったりと、日の出後の切りの良い時刻には人の動きががある。タクシーで時間とお金をやり繰りした私も歩き始めることにした。
大弛小屋は峠から梢越しに赤い屋根の見える小屋である。幸いタクシー仮眠所で水を汲んで来たので、ここは小屋のラジオ体操組みに軽く会釈をして素通りした。小屋の前からは夢の庭園と名付けられた木道の階段が続く。出だしから木道は少し萎えるが、峠に来た山の用意のない人でも展望を楽しめるようにと整備されたのだろう、立派な階段だ。カツカツと乾いた音を立てて夢の庭園へと向かったが、樹木が繁茂して展望は今イチと思う。
大弛から甲武信岳までは一旦国師ヶ岳2591.8mに上げられ、国師のタルまでは下降一辺倒、400mも下げられるのは悔しい。辺りは数日前に降ったという初雪が所々に残り、水の流れる場所は凍結もしており、ガシガシ下るには少し気を遣う。国師ヶ岳に登るのに軽く汗をかいたが、それ以降は気温が低いので汗もかかず、また平坦な道や陽の差す開けた空間もあり、気持ち良い尾根道歩きができた。歩が捗る。
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途中、両門ノ頭という絶壁の上に出る。眼前の塩山(これが塩山の由来?)と両門ノ滝の上流部である西俣がキラキラ光った筋に見えて美しい。
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あの先に両門ノ滝やナメ滝の宝庫がある。下から入るにしろ多少なりとも沢屋さんの真似をしなければ辿り着けまいが、それだけに全くの平和な土地のように見えた。
途中で膝や脹ら脛に違和感を覚えた。もしやアレか?と思ったが、甲武信岳に着くまで靴の点検は見送った。やがて千曲川源流への分岐辺りから空荷の人々も増え、おばさま方の途切れることのない声が明瞭になってくるその先の開けた空を目指して岩場をひと登りすると、そこが甲武信岳の山頂である。私もMariposa Plusの背からリッジレストを抜き取って敷き、大休止をとった。
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山頂というより、各方面の分岐として重要な場所だ。
靴を脱ぎ足を乾かし、トレールミックスを囓って水を飲んだが、やはり...靴の中敷きが無い。忘れ物をするのにも程がある。クッションの無いせいと踵が沈み込んでいるせいで脹ら脛と膝に違和感を生じたのだろう。困った...かと思ったが、実はあまり困っていない。クッション性の高い土の道だし、踵の沈み込みと言っても傾斜ばかりで基準になる水平が希な道を歩くのだから問題ないはずである。その昔、ワラジで歩いた人々はいかばかりであろうかと思えばゴア膜もない現代ワラジでこの道を歩くのも一興である。何より軽いじゃないか!中敷きがないことが分かった以上は、意識してヒタヒタと足と地面に優しく歩くことにして、筋や腱に障害が出るようなら下山することにした。ああ、飯と中敷きに敏感な村上さんに更にお目玉を頂戴しそうな気がする。
甲武信岳から国師岳や金峰山は見上げる形になる。ざっと一回り見てみたが、この辺の山は金峰山頂の五丈岩ばかりでなく、頂に小さな岩の突起を持っている山が幾つか確認できた。みな似た成因の似た風化過程を経てきたのだろう。
天気も良いし山頂は賑やかだ。今回は高さに満足せずに距離を稼ぎたい。木の実を食い水をゴクゴクと飲んだ私は早々に山頂を辞して甲武信小屋に向かった。途中、警察のパトロール隊とすれ違ったが、山を登る時くらいは暴走族の特攻服みたいな服から解放されて欲しいと思った。暑いだろうと思う。いついかなる時でもあの服のあの靴でヤル!という訓練なのだろうか?そういえば上高地でもJ隊の登山訓練に会ったことがあるが、軍靴だった。軍靴は万能なのか、軍靴で何処でも行けるようになる訓練なのかは分からない。下で会って、翌朝奥穂の上で寝て起きたら丁度登って来たところだったので、さほど歩みは速くないようだが。いずれもご苦労様である。

下った小屋ではご主人の徳さんが大工仕事に精を出しておられた。入り口の左側一階を全面改装中。屋根を支える?つっかえ棒が新しくなっていた。以前伺ったときは徳さんは休暇で下山しており、小屋番の爪さんだけだったので徳さんとは面識がない。水を汲ませて下さい。ああ、50円ねと、大工仕事の手も休めずに最初はちょっとぶっきら棒であったが、以前来たときにお会いできなかったこと、爪さんに大いに飲ませてもらったことなどから話しが始まった。前回買い忘れた25周年記念の手ぬぐいが欲しいと言ったら、残念ながら先日売り切れたからこれでよいかと「日本百名山甲武信岳」と無骨に書かれた手ぬぐいを渡してもらい、更に小屋で作ったDVDも前回は品切れだったので在るかと聞くと、ここがツボだったのだろうか、奥から出してくれ、表面の印刷がないからマケとくよ!とか、いろいろ説明をしてもらった。と奥からギターの音が聞こえてきた。昼休みの爪さんが弾いているのだという。邪魔しても悪いので小屋を出ようとしたら徳さんが、おーい、○×さんが来ているぞー、と声を掛けてくれた。ら、ギターの手が止まり、ああ○×さん!と爪さんが出てきてくれたのは嬉しかった。一泊、しかもテントで小屋泊まりではなく、そのくせ図々しく飲ませてもらったのだが、覚えてくれていたのだ。本来なら芋焼酎の1本でも担いできたかったのだが、今回は先を急ぐのでまた次回と気の利かなさを詫び、でも表まで出てきてくれた爪さんを交え、徳さんも大工の手を休め三人で歓談した。爪さんは徳さんに私が道具マニアだと紹介してくれたが、何か話が合わないので良く聞くと徳さんは大工道具の人だと思っていたようで笑ったり、自転車でダイエット頑張って入ると話したら、自分の足で歩けるなら少々肉が付いていても良いんだよ、と言ってくれた。徳さんは膝を悪くして、ちょっと辛いと言うことだった。11月も末になれば小屋を閉めて下界に下りるだろう。爪さんの帰路の冒険が安全に成功するよう祈っている。このまま泊まろうかとも思ったが、次回ゆっくり飲もうと約束し、小屋を背にして再び歩き始めた。ああ、爪さんと徳さんと写真を撮っておくんだった。次回お願いしよう。
甲武信から破風山への鞍部の小屋辺りまでは更に300mも下げられる。ああ勿体ない勿体ないと言いながら降りた破風小屋は改装工事中で壁のみ、屋根のない状態で、中には朽ちた薪ストーブがそのまま置かれていた。
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甲武信に行くにも破風山に行くにも気持ちの挫けた人には重要な休憩所になる場所だから早期の完成が望まれる。後で聞いたが、ここは雁坂小屋のご主人が管理しているらしい。
破風山に登り返す途中でシャリバテを自覚。急に動悸が速くなり足が重くなるのだ。登る気が失せる。そーいえば炭水化物も採っていなかった。先は急ぐがカーボン系の食料をインストールし、飴をなめた。また、今夜に備えて甲武信小屋で3Lほど調達した水も、この先の雁坂小屋で汲みなおすことにして1Lを残して廃棄した。腹も張ったし、急に身軽になったので歩く気が戻り、もはや夕方が意識される刻限なので先を急いだ。黒い雲が甲武信岳方面に沸いてきている。雨になるかもしれないと思って歩いていたら、丁度、雁赤嶺頂上ベンチの辺りで雨になった。本降りになりそうなので雨具装着。今夜はここで張るかと思いふと見ると頂上看板の裏で張っている先客が居た。細い尾根道が続くが、支尾根を発する頂上箇所は平坦地もあり、なかなか良い場所なのだ。同じ場所に二人はアレかと思い、私はこの先の張れる場所を探すことにして、更に歩いた。良い一夜を!
水を捨てた罰なので小屋に寄らなければならない。雨は止まず日も落ちてきた。雁坂峠も雨でかすんで何も見えやしない。
小屋へ向かう途中キョーンと鹿が鳴いた。私も負けずに鳴き返したら鳴き返され、しばし鹿とコールのやりとりをしながら暗い道を小屋へ急いだ。今夜は小屋の天場にお世話になるか。
小屋に入るとオヤジがまだ来ぬ4人組みを気遣いながら待っており、私の鹿とのコールを客の到着と思ったらしく、天場を貸してくれという私と暫し話しが噛み合わなかったが、やっと話が通じ、天場は裏の方、雨だから宿泊棟の土間で暫し安めと言ってくれた。宿泊棟には側面が破れた薪ストーブがあり、来る客のために火を落とし気味にしているのか、濛々と煙が漏れている。写真はだいぶ明るく撮ってあるが本当はヘッドライトが必要なほど薄暗い。
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煙に燻され続けて黒光りした木材に裸電球が一点、心細く灯っていた。が、少しでも火の気があるのは何より嬉しい。宿泊棟は先客があり、ちょっと品の良いおばちゃま、自炊素泊まりらしい。私もせっかくなので土間でαドライカレーを食い、Bivyまでセットアップして天場に持って行った。反則かもしれないが、こんな雨の夜だ、使えるモノは有り難く使わせていただく。
土間で休んでいるときに、先客のおばさんが少しストーブの火を大きくしてくれくれないかと、壁に立てかけてあった火掻き棒とちりとりを持って来た。ストーブに触るのは憚られたが、そーお願いされたらせぬ訳にもいかず..といじり始めたらオヤジが入ってきて、「山のストーブに触るもんじゃねぇだ」とこっぴどく叱られた。おばさんは..知らん顔である。確かにいじっていたのは私なので弁解もせず、頭ごなしに叱られるに任せたが、そう悪い気はしなかった。こんなお願い、次回からは断るか、それとも見張りに立ってもらおうか。
天場はもう暗かった。50張り可と地図にあるが、雨で視界も悪く、奥にどれほど開けているのかは分からない。小屋側の良い場所は占拠されていたが、もう暗くて見えないので先客のテントから2mほどの空いた場所に張り、雨の中、エイヤとBivyに潜り込んだ。暗くなってからゴソゴソしたので天場の先客は少し迷惑だったろう。この夜テント3張り、Bivy1張りであった。さすがに10時間も歩くと疲れたようだ。酒も飲まずラジオも聞かず、筋肉の超再生用にアミノ酸錠剤をボリボリと食って寝た。気温がさほど低くないのでよく寝むれた。
翌朝は雨は小康で霧雨状態だった。Bivy内は結露あり。床に垂れていたが、さほど深刻ではない。Bivyの中で餡パンをかじっていたが、撤収前に体を温めたく、Bivyから上半身を起こして傍らのカルデラコーンで湯を沸かし、少し雨風に吹かれながら珈琲を飲み熱源を体に入れた。
撤収の図。Bivyに入りきらない荷物は防水スタッフザックに入れて、一晩横に転がして置いた。
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いよいよ3日目は雨あり雪あり雷まで来た夜を迎える
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昨日、Hiker's Depot主催のタープ・ツェルト教室にちょっとだけお邪魔した。
なかなか盛況!
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奥多摩の紅葉も過ぎつつあり

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by ulgoods | 2009-11-15 14:26 | 山行

プランBのそのまたB

...続き

長いです。
山行とは殆ど関係ありません。どーでもいい話なので読まなくても山歩きの記録には支障ありません。

■荷造りの続き
で、問題だったのはNunatak Sukaha Plus Down Sweterが見つからないと言うこと。軽くて温かく、これまたEPICシェルで手の保温用にカンガルーポッケ付き。土屋さんのJMT thru Hikeにも同行した遠征経験を持つ果報者ジャケット。このくらいの季節にちょうど良いだろうと、屋根が決まる前から登板が予定されていた。確か、去年の11月末頃までは見た記憶があるのだが、その後の記憶が途絶えていた。だいたいダウン物は寝袋袋に一緒に入れて押し入れに突っ込んでいるはず、ということで押し入れをふっくら占領している寝袋袋を一つずつ開け始めた。この時点で夜中の2時。朝一のあずさ1号まではまだ時間があるから余裕である。が!一通り袋を開けたけど無い。おかしいなー?ともう一度寝袋の中まで開けてみたが無い。部屋には寝袋や防寒ジャケット類がうずたかく積まれ、ダイブしてもふんわり受け止めてくれそうな堆積を作っていた。というか、作業場所がない。仕方がないので順に袋に収納し、押し入れの隅も探し...この辺で顔が青ざめてきた。やっぱり無い、のである。まー、たまに袋を全開にすると離ればなれになった寝袋とスタッフザックのペアが完成していくのは嬉しいのだが、ああ、こんな袋も、という冷遇されきった袋を発見したりと、それはそれで意義があるのだが、大山鳴動させても肝心の探しているモノがピンポイントで見つからないのは気持ち悪い。というのも、道具の管理がちゃんとできていない訳で、そんな状況で山へ行ったら無くすは壊すわ事故るは、というのは火を見るより明らかだ。お山の第一歩は正しい道具管理から始ると常日頃から固く信じている次第。よって、山心がだいぶ萎えてきた。この時点で4時。こんなカルタ大会のようなペアを作る作業に喜々としている場合ではないことがジワジワと心に突きつけられてきた。Sukaha、昨年の11月末に一度外に持ち出している所までは記憶がある。家の中から勝手にジャケットが歩いて出る訳がないので、そのとき置き忘れてしまったか...とか考えている場合ではないが、どーも気になって荷造りの手が止まってしまった。
山より道具としては、道具が揃わないと山へは行けない。道具揃えが60%くらいの比重を占めており、山を歩くのは道具を味わい、ついでに体力のチェックと野宿生活術の経験値を増すくらいのこと。まじ困った...行くべきか止めるべきか。繰り返しだが、道具揃えで一つケチが付いて、まぁいいやと安易に片付ける心が山での安全を脅かすのだ。
暫し放心状態であった。が、EPICなBivyにEPICなQuiltでEPICなジャケットというのも芸がないなぁーと無理矢理気持ちの向きを変えるのに成功したようで、再度手を動かし始めた。ジャケットはBackpacking Light PRO 60 Parkaを持つことにした。Pertex Quantum EnduranceシェルのPolarguard Delta化繊綿で濡れには強いだろう。
あー、疲れた。
続いて飯の支度が必要。晩飯は考えるのも面倒なので各回ともα米にフリーズドライのドライカレー具を調合したもの。朝飯は餡パン。行動食は先日サンフランシスコ旅行の土産に頼んだTrader Joe'sのトレールミックスにマーブルチョコをまぶしたモノとカロリーメイトで済ます。湯を沸かすだけで飯が食えるが、湯沸かしは先日作ったCarbob-FeltアルコールストーブではなくエスビットをCalderaCone Stoveで使うことにした。鍋はBPLの550ccである。なぜ固形かというと、高々3,4泊では固形燃料の方が軽いから。アルコールはストーブ本体の重量+アルコール容器の重量が余計に要り、燃料も多めに持つ傾向があり、しかも栓が甘いとアルコールを失ってしまうという危険性を伴っているので雪の季節にはちょと躊躇した。16gの固形燃料を1日2個使えば豪勢な湯沸かしができるのは保障されているし、踏み砕いたところで固形なら燃える。
さて、準備も進んだが外も白んできた。7時新宿のあずさ1号に乗るためには6時には杉並を出ないと間に合わないが?...もー駄目だ。間に合わねー。10/31の予定は10:30くらいにバスで瑞籬山荘前に着き、金峰に登り、大弛を少し越えたあたりで野宿の予定であったのに、もー無理だ。次善の策として、次のバスに間に合う電車で出て金峰山頂泊まりとし、翌日頑張るというのがある。まだ諦めない。
もーこうなってくると小物の選択はいい加減だ。が、やはり発火キットはちゃんとしたい。以前調べたフリント発火棒とTinder Quick+Wet Tinderを用意し、香港モノの小型防水オイルライターを抱き合わせた。ああ、水も!セイシェルを出して来て水道水で通水チェックをしてザックに詰めた。あああ、防水カメラが見つからない。数日前に部屋を片付けて置き場所を変更したのだが敗因だ。しかたがないからGX100を果物緩衝材に押し込んでジップロックに詰めて代用する。あれもこれも、あれもこれもと、ここからの働きは鬼神の如くである。
おっと、足回りも疎かにできない。靴は今回はミドルカットのMontrail Namche、もう半年くらい陰干しにしてあるヤツを玄関に放り投げ、雨雪なのでGore-Texの靴下で防水する。最後の砦にPossum Downのソックスを忘れる訳にはいかない。おっと、MLDのeVent Rain Mittも必需品だった。
てな具合に荷造りが完了したのはもはや絶望的な時間である。高尾山へ行くにしても遅いくらい。次次善の策として、大日小屋辺りまで到達すれば、翌日残業して遅れを取り戻せるだろうか?ええい、ままよ!ザックを担ぎ自転車に飛び乗ってJR駅へ向かった。何とか次次善策の電車には間に合いそうな希望が残っている。とにかく山へ向かわないことには、この努力は水泡に帰す。すでに山行の60%以上の労力は注ぎ込んでいるのだから勿体ない。

■荷造りの後
しかーし、商店街に差し掛かったとき、嫌なことに気がついた。4日間も駐輪場に置く自転車であるがチェーンロックを担いできていないではないか。長くパパチャリ生活だったから、自転車に鍵は付いていて当然の習慣が抜けきっていないのだ。戻るにしても行って帰って20分のロスでは絶望的だ。次次次善の策は無い。その時!!と閃いた。時計を見ると10時を回っているので100円のお店は開いているだろう。100円屋さんには自転車の鍵が売ってるね!3分でお店に行けて3分で買えればまだ希望はある...前へ前へと進むのだという道具たちの声に後押しされて最後の策に打って出た。勝手知ったる100円屋である、速攻首尾良く鍵を手に入れて、万年満杯の駐輪場の空きをウロウロと探し、総武線に乗り込んで(阿佐ヶ谷は土日は快速が停まらないので)、もう時計は見ない。ひたすらあずさ号が遅れる天佑を待って三鷹で乗換えて立川へ急いだ。立ったドアは階段の前だ、幸先がよい。猛然とダッシュし、こういう時に軽荷はありがたいなとか思いながら階段を駆け上がり、中央本線のホームになだれ込んだ。妙に閑散としたホーム、もうこんな時間だから山行きの人が居ないのは当然と言えば当然、案内板には目指す電車の案内は無い。遅れていることを祈って5分、10分。やっと策が潰えたことを認めるに至った。

■戦い終わって
策がない訳ではない。韮崎まで電車で行ってタクシーで瑞籬山荘まで行けば良いのである。大日小屋までは届くだろうし、念願の心細い野宿もできる。あの辺は泊まれそうな平地もあったし...が、ふと考えた。こんなにトラブル続きということは心構えというか、非物質的な部分で完全に破綻している。よしんばタクシーを急がせたところで良からぬ事の起きる予感がする。おまいさん、ちょっと落ち着きなよと、私のゴーストがそう囁く。ここは出直すべきだろう。とは言え、帰ればあのダウンの山に埋もれて寝てしまい、明日まで目を覚ますことはあるまい。それと全体行程への影響だ。遅れに遅れて無理に律儀に金峰を踏むとしたら、まるまる1日ロスだから、雲取山までは足がとどかない。それでも金峰か?と自分の心に小一時間問うてみた。ら、飛躍した。今晩じゅうに塩山へ行き、いつかwebで見たタクシー会社の仮眠所に泊まって明日の未明にタクシーを走らせて日の出と共に大弛峠に立っていれば、遅れを取り戻して平然と以降の行程に影響ないことになる。全て丸く収まるというもの。金峰は数年前の残雪季に登り済み。金峰から大弛まで歩けないのは残念だが、また行く機会もあるだろう。大弛まで車で行けばホンの散歩程度で往復できるらしいし。
考えがまとまった。とにかくこのズタズタの状態で行くのは止めにして、時間を調整して仕切り直してユルユルと鈍行列車にでも乗って塩山まで行くことにした。

■塩山タクシー仮眠所
あれやこれやの後に塩山タクシー仮眠所に着いたのはもうトップリと日も落ちた時刻である。電話で予約しておいたので営業所のオヤジに名前を言うと仮眠所を案内してくれた。タクシー社屋の三階、上がって右の畳の部屋を使ってくれとこのとであった。階段は暗いスイッチは分からない。が、こちとら野宿の装備を持っている。胸から下げた肌身離さずの三点セット(ライト、ナイフ、笛)のライト(PHOTON Freedom Micro Doug Ritter's Limited Edition)を点灯して迷わずドアを右に畳の間に着いた。
畳は...年季が入り滲みもあり、独房チックであることは否めないが、しかし湿ってはいないので痒くならないだろう。タダで泊まれるだけ有り難い。荷を解き寝床をこしらえてから階下に戻りオヤジに酒が買える店を聞くと向かいの自販機だという。コンビニは歩いて7分らしい。面倒なので、どうせ飲んで寝るだけだから向かいの自販機でカップ酒2本を購入して落ち着いた図が1日目の写真である。
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こんな写真ばかりですいません...
しかしここまで長かった。

タクシーの三階で眠りについことした時だ、手洗いでも済ませようとヘッドライトを付けて向こうの空間に行ってみたら、コンクリ床だが柔道場が開けるくらい広く、奥にトイレ洗面流し台完備、しかも壁際にセミダブル大のソファベットがあるではないか!
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もちろん即座にシミの畳から引っ越しして独り宴会のやり直し!と言うことで7分のコンビニまで行って酒をとつまみを買い足した。しかし、田舎のコンビニのおでんは買う人も居ないのか、ウインナーなどはこれでもか!と言うほどクタクタに煮込まれており、すっかり脂肪分や燻製っ気が抜け落ちた得体の知れない肉の集合体が皮に包まれているだけな事だけは悲しかった。
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ラジオを点けて、ソファに横になって、おでんを食いながらアルパチーノ(アルコール8%柑橘系酒)をのみつつ...わはは愉快!こりゃ明日からは何か良いことありそうだ。こんな写真ばかりですいません。
で、いつしかよく寝た。
翌朝は4:30起き4:45に階下に降り、待っててくれた担当さんと未明のドライブに出た。
大弛峠に行く途中では道に霜が降り滑り易いのでゆっくりしたが、当初話した金額に納まって、時刻も予定した6:00丁度であった。

天気は良いし、曲がり形にも二日目が始る運びとなったのは目出度いことだ。
短縮バージョンではあるがニ泊三日で奥多摩目指して歩き始めた。



たまには道具の名前を列挙しないと、本当に忘れてしまう...
今日も読んだよ、おむつテンテンClickなんてーちー

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by ulgoods | 2009-11-13 00:48 | 山行

プランBでの奥秩父主脈縦走


地図を眺めては奥秩父主脈縦走路を歩いてみたいと思ったのはずいぶん前からのことであった。関東近郊にありながら通しで歩くとすれば結構な手応えのあるルートだ。派手さはないので優先順位的には後ろの方であったが潜在的には憧れており、やっと機会を得たというか、恒例の誕生日山行の誕生日も過ぎてしまったので無理矢理都合付けて歩いてきた。
予定では10/31から三泊四日で瑞籬山荘から奥多摩駅まで石尾根も繋いでやることになっていたが、初日から躓いてしまい、最初と最後は割愛することになってしまったのは残念だった。

忘れないうちに、同じ轍を踏まぬよう記録しておく。ああ、歩きの記録ではない。道具の記録。
まとまった時間が取れないので細切れUPで加筆などもあると思うが...

■荷造り
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前日、仕事系の現場作業から帰宅が22:30、予定外に時間が掛ってしまい&帰りがけに品川駅構内の薩摩系居酒屋で一杯やったのでもうヘロヘロだった。まだ全然荷造りはできていない。今考えると、今回の山歩きではこれが最大の敗因となった。一週間も前から荷造りに励めばよいのだが、そこは山より道具であるからギリギリまで荷物の組み合わせを考えていたりする。屋根、ザック、袋やマット、この季節なら防寒着など、膨大な組み合わせの中から決めなければならないのは楽しくも辛い脳内作業なのだ。で、10/31、2時間ほどの仮眠の後、夜中にムクと起きて、この数日温めていたプランBの実装に取りかかった。
何故プランAでないかというと、この数日に確度を増してきた現地あたりの天気予報に依る。道中に想定される予報では
・10/31は快晴
・11/1から雨風
・11/2は低温、2000m程度で-3度程度か?
というおとになっており、片足を棺桶に突っ込んだような予報になっている。雨から氷点下で雪というのは途中に霙を経るわけで、北国育ちのわたし経験的にも霙は最も忌むべき天候である。雨で濡れたところに気温急降下で霙が付着して風に吹かれでもしたら...かなり危ない。そんな天気は寝て過ごすとしても耐候性のある屋根が要るので最もULなプランAで済ませるにはいかなくなってしまっていた。
で、屋根で思案していた。昨年から幕物コレクションにTerraNova Laser Photonなる800gを切る二枚壁AKTO型のテントが入った辺りから余計に話がややこしい。以前なら1kgを切るならBivyサック&Tarp系しかないと考え、それらを蒐集していたのだが、耐候性のテントであるPhotonの800g切りはその全てを雲散霧消させるインパクトがある。あれやこれや組み合わせても思い切ったULスタイルを採らないと800という数字を切るのは容易ではない。一方、歩き方であるが、できるなら田部重治と木暮理太郎の奥秩父歩きを偲んで自由快活に歩くとすれば、心細げな野宿も取り入れなければならないだろう。というか、距離を稼ぐなら明るい時間から小屋の天場に寝ている訳にはいかなくなってきて、かねてから標榜していた行き倒れ型ビバークというか、ステルスキャンプを取り入れる必要があるのだが、運悪く痩せた尾根筋ではテントを張るのはできまい。そういう面からはBivyサックでゴロ寝が有利、しかし耐候性が要る...と思案が交錯して決めかねていた。フットプリントが最小かつ耐候性のある幕モノ、いつまで悩んでも仕方ないのでBlackDiamondのLightsabre Bivyというところで決着させた。さて、別途Tarpを持つかについてだが、森林限界を超えることはないだろうから、適当な樹林帯で大まかな降雨が避けられればOKだろう。湿雪になったら薄膜の屋根など役にも立たないから持つ必要は無いということで却下。これでPhotonの800gを切ることができる。ああ、ここまで決めるのが辛かった。山に行く前から疲れ果てた。
で、やっと-3度をBivyで乗り切るための袋モノの選定に移った。幸い押し入れの中には-40度から夏場の薄々まで途切れることない温度帯の寝袋を取り揃えている。で、何を持つか、だ。夏用の零度程度の袋Western Mountaineering SummerLiteに少し着て寝る案、-7度用と言う主張のNunatak Arc Alpinist Quiltでやるか、-6度のISUKA AIR 450を連れ出すか..いや、濡れるだろうからMFD(富士手芸店)製の化繊Quiltにするべきか悩ましい。ドカンと暖かいヤツにすればいいのだろうが、それでは軽くない。ここは、EPIC外皮のNunatak Alpinist Quiltで重量を稼ぐことにした。ああ、Bivy一緒でEPIC素材が重なっているが..寒けれりゃBivy内も結露だろうからQuiltがEPICでも良いだろう。
これらを納めるザックは、余裕を持ってgossamer gearのMariposa Plusにすればいいだろう。マットは..まだRidge Restでいいかな、これをMariposaの背に入れて脱着可能にしとけば休憩の時に便利。
あとは防寒着、防寒着はNunatak Skaha Plusで決めていた。これもEPIC外皮なんだが雨や霙には少しは有利だろうという思惑。で、探しに掛った。のだが、、この辺から予定が狂い始めるとは、思ってもいなかった。



少し忙しくしておりました...
続きも読むよ、おつむテンテンClickなんちーてー

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by ulgoods | 2009-11-12 07:30 | 山行

五竜から唐松

あんな事があってから、いつかは訪れると思っていた五竜岳、機会を得たので行ってきた。

今回は同行者あり。というか、私が彼の同行者...思い切り省略してしまうことで有名な筋金入りULハイカー、MFD(Mount FUJI Designs)を名乗り、Quiltやポーチを縫ってくれたB氏から、山のお声が掛ったのが数日前、最近は忙しくて、なかなか山へ行けないBさんから引きこもりハイカーのULGへのお声掛けというのも滅多にないこと。ちょうど山へ行きたい気持ちのときだったので、日月の変則日程であったが取り敢ず行くことに前向きと言うことにしていたが、その時点ではまだ行く山は決まっていなかった。北岳、塩見岳、北穂などの名前をメールでやりとりしていたが、B氏がポツリと五竜と書くと、そうだいつかは五竜に行かなくちゃの私の気持ちが呼び起こされ、あっさり五竜に決まった次第だが、集合時間もハッキリしないまま行く朝を迎えた。奥多摩に出かけるくらいの時刻に彼を拾って関越から上信越道を通り、間抜けなカーナビに長野市内を引き回されてから五竜に着いたのは、もはや10:30くらい。地図のコースタイム的には怪しい時間帯である。にしても信州も涼しい。稲作は大丈夫かいな?と心配になる。

五竜への最初は当然テレキャビンを使う。こちとら、使えて時短になるなら何なりと使う派だ。というか、ここでこれを使わない人はいないだろう。さすがに、その上までのリフトは費用対効果的に却下。まずはユルユル歩き出した。
天気はまずまず、正面にどーんと唐松岳がキレイに見えた。こちら方面はだいぶ昔にスキーに来て以来。昔滑った八方も夏になれば気持ちよさそうな稜線に見える。
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ザックはZPacksのZ1、水筒は2Lのペットボトルを使用。食料込み水無しで出がけに量ったら5kgチョイ。

今回は初めて締めつけタイツを着用してみた。といっても数年前に買って使っていなかったユニクロのやつ。タイツに短パンはどーも気恥ずかしかったのだが、評判を聞くにつれ試してみたくなり、でもいきなり高価なのでは失敗しそうなのでユニクロ通販だったが、やはり気恥ずかしくて箪笥の肥やしになっていたのだが、最近では自転車のピッチリ短パンに馴れ、というかピッチリでないと気持ち悪いので、この歳になって無理なく山タイツ姿デビューである。
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自転車で育成された太ももを締め上げて歩いてみたが、おお、踏みしめて荷重を次の足に移したときに自動で抜重した足が引き上げられ、ヒョイヒョイと次の足が出る。歩くテンポが速くなった感じがする。と言う訳で順調に歩き
テレキャビン降り 11:11
地蔵の頭 11:30
小遠見山 12:28
大遠見山 13:27
西遠見山 14:22
白岳 15:40
五竜山荘 15:43
五竜山頂付近を横から見る。武田菱と呼ばれる模様が案外複雑な立体構造だとわかった。
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針金などをグチャグチャに曲げて、ある角度から光を当てると影がまったく別物に見える芸術というやつをTVで見たことがあるが、雪形の多くは単なる窪みではなく、夜空の星座もまた然り、枝尾根や岩峰の立体的な造形の平面投影なのだろう。
あそこか...だんだんとその場所が見えてきた。
しかし、順調だった歩みも白岳に掛ってからは心肺的に失速した感じだったのが残念。
白岳に掛るあたりで尾根の向こうに雲が湧き、こちらから射す光と相まってブロッケンを見ることができた。
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影が霧の中を遠くまで3Dで伸び、向こうの頭部に七色の光輪を作る。しばらくは後光射すありがたい自分の影を引き連れて歩いた。

五竜山荘に着いたが、風が結構きついし寒かった。
とりあえず着いて小屋でビールを買って飲んで一休みした。一日ずらして日曜だったが、小屋は結構賑わっている。小屋の酒蔵も充実!事前の調べでは小屋の水は天水と書いてあったのでセイシェル浄水器を持ったが、沢からパイプで引いているようで美味しい水がありがたい。

今日の寝床は
Rab Superlight Bivy 465g
MLD Monk Spectralite.60 Tarp 84g
Nunatak Arc Ghost Quilt (Quantum) OverFill 460g
Therm A Rest RIDGE REST 3/4 253g
Tyvek sheet 140g
という、少し頼りなさげな構成。テント場は下から吹き上げる風が強い。風速計を持って行かなかったが、旗ならバタバタと擦り切れ旗めく風速である。同行のB氏は風と格闘しながらもツェルトを張っていたが、心肺的に弱った私は即ゴロリと、放り出したBivyに潜り込んで休んだ。実は強風の予感もあり、ベッタリ地ベタに寝るのは風をやり過ごせる読みがあった。読みは成功したが、以前、硫黄岳下で野宿したときと異なって這松による風の緩和がなかったので、Bivyを舐めていく冷たい風に体温が奪われる感じだ。何とか生成熱と奪われる熱が拮抗しているようで日が射すとそのぶんだけ温かい。夜を思うと不安が残ったが、とりあえず寝た。2時間くらい寝た。
目を覚まし、Bivyから顔を出し、風でひしゃげたツェルトの中身の人に声を掛けた。B氏もよく眠っていたようだ。彼のQuiltはBPLのCocoon90、それにUL 60 Pantを穿き、UL 60 Parkaを着ていた。Quiltは同程度と思うが、私も保温材入りのズボンを持ってくるんだった。タイツのままにmontbellのwind pantを穿いただけなので寝ていて少し寒かった。
B氏の薦めもあり、暗くなる前に風よけの膜を張ることにした。張り方は出来るだけ低く、あまり風の抵抗にならず、翼のように風をやり過ごすよう心掛けた。この天場、案外にペグが素直に効いたので助かった。低く張ったCuben Fiberの薄い膜は見事に風をやりすごし、Bivyから熱が奪われるのを完璧に阻止してくれる。中に入ったが、今までとは異なり、ほんわか温かさを感じた。中間から綱を張って内部を凸型にしようとしたが、風が乱れて上縁が剥離渦でうなるので止めた。変に凝った形に張るよりは単純な面で張った方が風を乱さずに凹型で安定した。
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ポールから下げた温度計も、張り綱も風で振えている。

これで夜も大丈夫と安心したので飯にした。湯を固形燃料のカルデラコーンで沸かし、ドライカレーを仕込んだ袋飯を食った。今回は大豆肉も仕込んできたので豪華版だ。
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B氏は湯の道具を持たない人。人としてどうかとも思うが(笑)餡パンさえあれば生きて行かれるらしい。今回は私もそのスタイルを真似て、明日の朝飯は餡パンの予定だ。
簡単に飯を食い、することもないのでBivyに潜って寝た。呼気で中を濡らさぬよう、口と目を出してBivyを被っていたが、84gのCuben膜は強風を受けピタリと安定し、風を遮りよく働いてくれた。お陰で温かい。今回の功労者だ。
9時過ぎ、山荘の発電機も止まり、あるのは風の音と天の川。地ベタに寝転び、覆いもなく、風を感じながら星を眺めた。
念のため、就寝中は雷監視にStrikeAlertを稼働させて任せておいた。小屋の発電機が止まってからは電磁波的に乱されることもなく、緑の安全LEDが継続したので安心できた。
二、三度目が覚めたが、強風の中、合計で僅か540g程の膜システムに守られてよーく寝た夜。

翌日の寝床はふっくら乾いた状態、さすがeVent。4時に起きて、寝転びながら餡パンを食い、即座に五竜へ登った。温かい飲み物を採らないのはどうかとも思ったが、朝方は4度チョイの気温の冷たい風の中、飯の支度で震えるよりは餡パンを体に放り込んで水を飲んで、さっさと体を動かす方が手っ取り早くて温かい事が分かった。15分も登ると体が温まり、うっすら汗もかき、もう寒さは感じない。さすがB式始動術、朝が早い!
いずれ日も昇って急激に温かくなるはず。腹を満たすならその機会に休憩兼ねてやればよい事。

五竜山荘 04:20
五龍岳 05:09
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山頂から切り立った直下を眺めた。やっぱり落ちたら死ぬな...速すぎた彼の最後を想い黙祷す。やはり、この場に立ててよかったと思う。
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山頂ではQuiltにくるまってしばらく時を過ごした。ここでカルデラコーンで湯を沸かしてたっぷり砂糖入りの紅茶を作り、相変わらずここでも餡パンを食っているB氏に振る舞った。日頃お世話になっているせめてものお礼のつもり。再充填式のガスライターにプロパン入りのガスを継ぎ足しで詰めてきたので冷たい強風の高所でもEsbitに着火できたし、強風の中、カルデラコーンに守られたEsbitは充分に燃料を残して湯を沸かしてくれた。

降りて手早く撤収し、
五竜山荘 07:03
唐松山荘 08:57
八方池 10:45
八方山荘 11:16
あとはリフトとゴンドラを乗り継いで下りた。
白岳から大黒岳へは気持ちのよい道を軽快に歩いた。また、下るだけの唐松山荘から丸山ケルンも良い道だった。雪の残る扇雪渓で暫し休んだが、この辺に来ると観光の人も増え、八方池から先は人混みで大変なことになっていた。

まずまず、良い山歩き。B氏と同じ速度で歩けたことが嬉しかった。


やっと行くことができました...


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by ulgoods | 2009-08-26 14:54 | 山行

雨のBivy泊と露天風呂

夕方から降り出した雨、通り雨ではなく腰を据えて降る気を見せている。大きな木の下で雨の直撃は避けているが、濡れきってしまう前にBivyを用意しないといけない。先ずは大きな石を抱え、雨風しのげる木の根元に置いて居場所とした。

Bivyの設置は、普通なら地面に置いて潜り込むだけでOKだが、今回のはポールで空間を張るタイプなので少し作業が必要だ。が、所詮はBivyであるから、立ったままBivyを捌きながら作業ができる。1カ所、頭骨の縦棒だけはジッパーを開けて骨を通さなくてはいけないが、これもBivyを被るように底を上に向けて頭を突っ込んで作業すれば内部を雨に晒す必要はない。ものの2分で骨入れが完了し、最低三本のペグで地面に留めればBivy空間が立ち上がった。Epicの撥水でビーズのような雨の小玉がベッドライトの光に映える。胴体にカマボコ型の空間が張られているので空気の断熱層が保持されており、長時間雨に打たれてもヘソの上に水溜まりができるようなことはなく、お腹も冷えない。
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更にこの上に自作の小型タープ(Ultralight Solo Micro Tarp)を張ろうとしたが..この組み合わせは事前のテストをしていないのが悪かったが、もともと単純袋状のBivyの保護のための習作のタープであったから、今回は空間的にキャノピー部分が邪魔で張れなかったし、時折強風ではためいて2本では手の数が足りない。ここは潔く露天Bivyで過ごすことにした。Bivyもタープも悪くはないが、無駄な組み合わせを担いできたのは残念だ。

続いて飯の準備、お待ちかねのドライカレーである。湯はBPLの550ccチタン鍋をCaldera Cone Stoveを風防&ゴトクとして使い、16g固形燃料で沸かす。
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小石を拾って燃焼台として、強風の小休止を狙って火を点け鍋をセットしたコーンを被せる。時より強い風が吹くが、コーンの内部は静穏らしく、炎は確実に鍋の底を舐めているようだ。湯が沸く前に、着替え袋から睡眠時用のPossum Downの靴下を取り出し飯袋を押し込んでおく。こうしないと注いだ湯が熱くて持っていられないし、湯を入れた後は保温してくれて温かいおマンマにありつくことができる。靴下が3倍便利に働いてくれるのだ。何も靴下で無くとも良い。ちゃんと保温袋を持てばよいが、それが他の用途でも使える物でなければ持つ意味は少ないと考えているだけのことだ。
カルデラコーンは風の影響を受けにくいので400cc程の湯もすぐ沸いた。鍋の取っ手に炎が当たらないので鍋掴みの類も不要、即熱い湯を使えるのがありがたい。三脚型ストーブでは接地が不安定だったり、畳んでいた鍋の取っ手が加熱されていたりで慌てて湯をこぼし、途方もなく悲しい気持ちになることもあったのだが、カルデラは重いだけのことはあって便利。鍋をコーンごと持ち上げ、固形燃料の炎を吹き消してから靴下を濡らさないように湯を注いだ。もう一回、スープ用の湯沸しを残った燃料で行う。ほのかなカレーの匂いが鼻腔をくすぐる。胃袋が炭水化物の期待に震えた。袋の口を軽く結んで胃袋型に膨らんだ靴下を食料庫として使っているOPSAKに入れて蒸らしを待つ。
10分も待てばいいだろうから、帳場で買ってきたビールを開け、石に腰を下ろしてゴクリとやった。19時、あたりはまだ薄明るい。向こうのテントは視界の外、川の音だけ聞こえるがもう気にならなくなっていた。大きな針葉樹の下、茶色になった針状の落葉もベッタリ濡れているが、ふっくらしており寝心地は悪くないだろう。ブナだったら..雨水は幹を流れるからこうはいかないが、雷も鳴りそうにないから、ここは悪いなりに居心地がよい。良く歩いたな...と思ったとき、悪いことに気がついた。武器がない。
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あああ、サジの類を忘れてきてるし。どーやって食うか?胃袋は早くカレーを呉れろと催促しているが、頭の方は困ったことになっていた。まー、袋ゼリーのように押し出して食えばいいか...上手くできるか心配だったが、木を削ってサジを作っても良いが、その時はその時だ。少し重い気持ちでビールを干した。
10分、胃袋との約束の刻限だが、そのまえにもう一度200cc程沸かしてスープの湯を作る。鍋ごとのコーンを被せているから燃え残りの燃料にはすぐに着火できた。やがて、少し燃料を残して湯が沸いた。いつも不思議に食料庫の中に有りながら使われることのなかったフカヒレ入り中華スープ、今日こそはスープになっていただく。
やっと夕餉の準備が済んで胃袋様をご接待するために手足が動く。歩いているときは役にも立たないが、真っ先に不平不満を言うのが胃袋様だ。出来映えはどーかな?と袋を靴下から抜き出してみる。型から出てきた飯袋は心なしか足の形を保っていた。堅さは良さそうだが、揉みが足りなかったらしくカレーが下に沈殿している。食う前に揉んで均等にカレーを散らし、先ずは一口分をつまみ出し、袋の中を上に運んで、袋から顔を覗かせてたところに食らいつく。おお、カレーは良いな...噛んでみると案外タマネギがシャキシャキして、食い応えがある。こりゃいいや!お次の団子を押し出して食らいつき..とやっていたが、本体を袋の上から握り飯にして、袋を開いてかぶりつくと、ドライカレー握り飯を食うのと同じだから侘びしさが少なくて済むことに気がついた。握り飯をこさえ二口食う度に握り直し..相変わらずタマネギの歯触りが嬉しく、高級フカヒレスープとの相性も悪くない。ワシワシ食って、最後は小さなお団子にして口に放り込んでお仕舞い。150gくらいもα米を使っているから、胃袋様も満足されたご様子だ。そういえば、持ち歩いているトレールミックスからレーズンを取り出して放り込むんだった。ドライカレーのレーズン、酢豚のパイナップル、無用のようだけどあると嬉しいよな。
袋飯との格闘が終わり、雨の中、ほーっと吐いた息が白い。

これで胃袋様は黙ったが、今度はアレを呉れろと脳味噌様が手足に命じている様子。アレとは小屋で調達したどぶろくである。500ccのペットボトルに入ってなかなか値の張る物だが、濃厚で旨いのを以前飲んで味をしめた脳味噌様は憶えていたようだ。やれやれ、下働きの手足はなかなか休むことを許されない。もろみが沈殿しており、上澄みは酢のような色だ。これを良く振って飲む...旨いね!アルコールが入り、たちまち脳味噌様が歓喜の震えで応えるのが分かる。脳が酔ってきていることを脳が認知している。酔う場所と認知の場所は別なのかしら..など別な部位が考えているらしいが、辺りはすっかり真っ暗だ。雨はなおも止もうとしない。
いい加減どーやってBivyに入るか、まだアルコールで侵されていないお味噌で考えておかなければならない頃だ。
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Bivyのジッパーを開ける、雨が入る。ダメ。傘をさすと少しよさそう。靴はどうする?あ、靴用の袋を持っていない!雨具は脱ぐか脱がないか...悩ましい。傘をさす、ジッパーを開ける、靴を脱ぎ傘でカバーする、体を滑り込ませたら雨具を脱ぐ。ああ、傘を持っているから片手で脱げるか...悩ましい。など、働きが弱くなった頭で考えていたが、どーやら酒もなくなったので、もー手足を休ませてやろう。えいー、ままよ!とBivyを揺らして雨滴を落とし、傘をさしてジッパーを開けて靴を脱いで体を滑り込ませて、気がついた。靴が泥だらけ...思うように行かないものである。仕方ないから傘を畳んで両手で靴をパンパンして泥を飛ばし、Bivyの頭部の奥に押し込んだ。雨具は脱がずに体を滑り込ませてジッパーを閉じてお仕舞い。いっぱい食べたから体と服は朝までには乾くでしょ。
今宵の寝袋は、我が友MFD(Mount FUJI Designs)製の化繊Quilt山椒魚(サラマンダー)である。雨っぽいから化繊にした。しかも厚めの。だから少し湿っぽくても心配していなかった。足元にたくし込んであったサラマンダーを引きずり上げ、体を包む。袋じゃないからそれでお仕舞い簡単。やっと手足の仕事も終わったようだ。Patagonia CAP2フリースを着ているので上半身は胸まで下ろしても寒くない。
Bivyは、このLight Sabre2007モデルに特徴的なのだが、足元にメッシュが張られているお陰で、外の風が入ってきて換気がすこぶる良好だ。容積が小さなBivyのこと、湿った体、外は雨、少し気温も下がったら結露が心配されるが、どっと風が来ると足から風が入り、頭部の庇の下に開けたジッパーから抜けていく。どーやら湿気は通気で一掃されそうな予感。足元が冷やされることでの結露だけが心配だが、化繊のQuiltだから濡れても潰れず冷えないだろう。時刻は20時前、ラジオでも聞こうかと思ったが、ドブロクに悩殺された私は眠りに落ちたらしい。
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あとは、露天風呂をできれば来た甲斐があるというもの。
夜の10時、1時に目が覚めた。雨は上がったようである。ときより強い風が吹き付けるが、この小さな頭骨で張られた空間はミシリとも言わない堅固さがある。次回、3時4時に目が覚めたら露天へ行こう。小屋も混んでいるからな...と目を閉じた。深く眠ったようだ。薄明るい中、鳥のさえずりのうるさいので目が覚めた。時計は4時半くらい。寝過ごしたかと思ったが、すぐにBivyから体を抜き出して、タオルを持ってまだ薄暗い山道を露天風呂へと向かった。

濡れて足場の悪い斜面を降りていくと、おお、何と言うこと、誰もいない!ラッキーだ!寝て乾かした衣服をポイポイポイと脱ぎ捨てて、ざぶーーんと湯に浸かった。ここの温めの湯は気持ち良いね。温いけど硫黄が濃くて暖まるのだ。見上げると爆裂口壁の中くらいから向こうは濃いガスの中だが、東を見ると雲の間から朝焼けが美しい。あー極楽極楽!
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しばらくして斜面を下ってくる人あり、髪が長い!おいおい朝からラッキー続きかよと思いながらも、あまり見てもアレなので朝日に魂を奪われたふりをしていたが、近くに来たのでふと見ると、ロン毛の爺さんだった...ガッカリしたそぶりを見て取られても不味いので、挨拶をし、再び朝日を眺めることにした。やがてロン爺もザブンと湯船の人となり、聞くところによると宿の飯は6時らしい。山にしてはずいぶんゆっくりなことだ。昨夜はそれなりに賑やかであったらしいから、皆さん飯前に風呂に入る気力もなかったのだろう。シメシメである。昨日は風で夏沢峠で引き返したとも聞く。今日は稲子湯に降りるだけ、なんとも勿体ない行程だ。世間話などしながら二人湯に浸かり、いい加減、体に硫黄臭も染みこんだので湯を出た。
Bivyに戻り、朝飯は数年前に買ったフリーズドライのラザニア。同じように湯を沸かし、袋で蒸らしたが、α米はお握り状にして切り抜けたが、ラザニアはドロドロ系で握ることはできなかった。一口分ずつ袋から押し出して半ば吸うように食う。が、これも肉の味がして、なかなか旨かった。たっぷりのカフェオレを飲みながら、最後は袋をしごき上げてドロドロ飯を胃の腑に納めた。
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長くなった...以後は記録だけ
・Bivyの通気のお陰でQuiltに湿り気は認められなかった。夏場のそこそこの雨の時は足元の通気口はプラスに効く。
・出がけに外人夫婦と赤ちゃんに挨拶を交した。おやじがフレーム入りの赤ん坊かごで背負っていたが、結構でかいテントや赤ん坊用具など嫁さんが背負うのか?いずれにしても馬力があると感心した。
・本沢温泉便所横の道から天狗岳に登り返した。標高のせいか、昨日より心拍限界は低く、150前に立ち止まる傾向。
・ドライカレーの具は相当タマネギが入っていたようだ。歩き始めて腸が刺激されてガスが生成されるが、硫黄の温泉のせいだけではあるまい、確かにタマネギの存在を確信した。被災時にみんな一斉に食すると困ったことになるかもしれない。一人で良かったとしみじみ思う瞬間でもある。
・上は強風、ガスで見えなかった。天狗に登る途中、登山道から外れた草地でうごめく人を見た。トイレかと思ったけどそうでもないらしい。降りてきた人と話したが、植物採取をしていたのかもしれない。悪い奴だ。
・東天狗岳から中山峠に下り、中山、高見石小屋、丸山経由で麦草Pが12:30。
・中山峠に向かう途中、件の凹地がよく見えた。何とか行きたいなー
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立木の具合からして、結構な広さのようだ。地図を見ると典型的な地滑り地形と思う。大きな範囲がその形を保ったまま円弧滑りをして出来た地形なのだろう。円弧の先端は崩落し、急傾斜となっているから、下から登るのは容易ではなさそう。横から攻めるべきだな。ロープが使えないと無理だ。でもいつか行きたい。既に入る道があるかもしれない...知っている人は教えてほしい。
・下りの岩道は濡れていたのでズックではカカトが出ていない分滑るので気を遣う。昔の人はワラジだったわけで、同じようなものと思い、ヒタヒタと足を着いて降りる。尻餅はつかなかったが、足を着いて靴が少し滑り岩の間に足が挟まると、靴が柔らかいから小指の辺りをギュっとやって痛いのが難点。
おつかれちゃん...
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・茅野に降りて飯を食って高速に乗ったが、まだ3時前なのに既に渋滞...みんな何処へ行ってこんな早い時間に帰るんだろう?もっとゆっくりしていらっしゃいよ。1000円で混む、早出早帰りで渋滞を避けようとするも皆同じ思いで互いに首を締めている構図。圏央道が八王子で接続され、向こうの人も大月を通って富士方面へ行きやすくなったと思うが、八王子と大月の区間は車線が増えた訳でもなく、当然渋滞の常習区間となっている感じ。バランスが悪いので、向こうの人も全然旅程時間短縮にはなっていと思われる。
・いつも思うのだが、上野原の手前から見る風景、樹木でカモフラージュした宇宙戦艦大和の建造中としか見えない。少し姿が崩れた位置からの撮影だがもう少し手前なら完璧にヤマトだ。
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・あそこの硫黄臭は一回風呂に入ったくらいでは消えない。何度も余韻を楽しめる。
・山道を半日掛けて風呂に行き、雨に濡れ、また半日山を登り返して道を戻る。風呂に入るのに一日がかりと思ったらロシア民謡、♪月曜日に...♪が出てきて歌に頭が占拠された。大らかなロシアの娘さんの歌らしいが、あちらは風呂に入るのに二日を要している。今日の私も似たような者か、シュラシュラシュラ...と占拠されたので、シュラシュシュシュと変えて違う歌に誘導しようとしたが、結局は金比羅フネフネの歌だから、切り替わってもあまり嬉しくはなかった。


雨のBivy泊、少し侘びしいけど惨めじゃない。わざわざそれをやりに行く。

北八ツはまだまだ歩いていない道がある。
好適地もたくさん見かけたし、当分楽しめそう→

Clickたもーれ!

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by ulgoods | 2009-07-29 10:22 | 山行

北八ツ逍遙

週末は北八ツあたりを漂ってきた。
雨っぽい予報であったが、そんなの気にしていたら何処へも行けないのであるが、本気で降り込められたら辛いので、雨に映える樹林帯ということで北八ツにした。

■行くまで
朝起きたら5時だった。どーしようかと躊躇しつつも天気予報を見ると何とかなりそうなので、パッキングに着手した。この日のお初は、
・Komperdell C3 Carbon Trekking Poles
カーボン製3節ポール。アメリカのバッタ屋で安く買ったまま使う機会がなかったので連れだし
・<a href="/5321570">Black Diamond Lightsabre Bivy</a>
Epicの頭骨、足骨入りビビ。裏庭のみで実戦投入していなかったので仕事してもらう
・防災倉庫下賜のドライカレーの具
先週末の学校行事で炊き出しに使った区の防災倉庫から下賜されたα米の具。白米、ドライカレー、五目飯と種類はあるのだが、行事ではカレーを煮たのでドライカレーと五目の具は不要になり(白米のみ使用)、頂戴した。一袋50食分と聞く。各2袋を確保。何年分か...消費しないとイカン。フリーズドライのタマネギと人参たっぷり!
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・Caldera Cone Stove
<a href="/9315885/">BPLの550ccカップ用</a>カルデラコーンストーブを固形燃料で使用することにした
・GoLite傘
銀色の、小さいのでチョイとさすとトトロおやじのようでもある

などをMLD ZIPに詰めて家を出たのが8時...いつもながらに遅い。1000円乗り放題を体感したかったので車で出たが、中央道下りは既に渋滞が起きており、途中で引き返そうかと思ったくらい。ま、行き先も決めていないから、この時間で間に合うコースをあれこれ考えながら運転していた。
北八ツと言えばピラタスの駐車場にお世話になるのが常であるが、よく考えたら麦草峠Pまで行けるのだからゴンドラ代を払うこともないなと気づき、足が向いたら雨池峠に<a href="/9302866/">冬の失せ物</a>を探しに行くとして、とりあえず麦草へ行くようカーナビをセットした。

■初日
麦草駐車場に着いたのが13時近く。既に駐車場は満車だったが、来る人あれば帰る人あり、丁度下山してきた人が車を除けてくれたので運良く車の泊まり場所が確保できた。麦草からだと、先ずは白駒池に出て乳へ登り、確か乳の突端の下辺りに平坦地があったから其処で寝ても良いか、みたいなイメージが出来上がってきたのでユルユルと歩み始めた。
白駒池も夏の装いで
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歩き始めたばかりだから白駒荘のお団子はパスして、湿原に入っていく。この辺はいつ来ても湿って暗いが、それが北八ツっぽくて好きだ。木道脇の湿原に大小ザックが二つ置かれている。テント泊の装備のよう。どこか用足しかと思ったが、小屋も近いんだし二人揃って用足しも無かろう...辺りを見渡したが人影もない。家財道具を置いてそう遠くへは行かないだろう。湿原の奥に分け入ったのだろうか?ちょっと不思議な光景だった。湿原を踏むのはやめた方がいい。と思いつつも関わっていられないので私は歩く。

稲子湯との分岐、
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ニュー中山と書いているが、田舎のレストランの名前ではない。しかしこの書き方は...突っ込みを期待しているようなので、ちょっとだけ突っ込んでみるが、にう経由で中山峠に至るという看板だから、ニュー・中山とでもすべきだろうし、カタカナでなく、ひらがなで”にう”と書けば1文字浮くのだがね。
にう、白駒池南の2351.9mの突起はニューとか、にうとか書かれるが乳のことだろう。遠くからそういうつもりで俯瞰すると小振りだが形の良い乳のようでもあり、先端に岩の突起がある。まずはそこまで行こう。白駒池からの高低差は250m足らず、1時間も掛らない暗く湿った、しかし暗すぎない濃い緑の斜面をずんずん歩く。
今回はハートレートモニターを装着して歩いている。自分のAT値を見極めるためだ。自転車運動では心拍モニターと首っ引きで走ると、思わぬ事故で心拍がゼロになる危険があるし、周囲の車の流れによっては心拍を無視して頑張らなくてはいけないが、負荷の掛った歩きなら加減ができるから好都合だ。その結果、立ち止まって呼吸を整えたくなるのは決まって心拍が155の時であった。私の体は150を越えると徐々に辛くなってきて155で立ち止まることになっていたらしい。太ももと脹ら脛は自転車で育成したお陰で大丈夫だが、心肺機能が文字通り足を引っぱっている。
なんてよそ見しながら歩いていたら、ぱっと空が開け、乳の突端の基部に出た。樹林の外は風が強い。基部には少し広い裸地があり、ビビくらいなら張れそうだ。ひとまず空荷で乳の突端に登ったが、このときは夏山の空の下を遠くまで続く緑の絨毯を見渡すことができた。
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さて、ここで一泊したものか?時計はまだ早い。夜まで時間が保ちそうにないし、他にすることもないから、とりあえず中山峠まで歩くことにした。

中山峠までは爆裂口の縁を歩くのだが、縁の底にある開けた草地、以前来たときも気になっていたのだが、あそこで眠りたい。地図では2231mの点の辺りだろう。そう思いながら降り口を探しながら歩いたが見つからなかった。標高の点があるので測量隊は行っているのだろうが...気持ちよさそうな草原に木が疎らに生えている。しかし、巨石が転がっていたりして、時々は爆裂口から岩が剥がれて転がり落ちているらしいことも想像できる。そんなことを考えながら歩いていたら、爆裂口のその底に降りてみたくなったらしい。数百メートル上の硫黄岳の頂上付近はガスで覆われているしね。

中山峠は乳、天狗岳、みどり池、黒百合・麦草と四方向に分岐する。黒百合へは降りても良いが他にすることがない。天狗へ登ってから黒百合でも良いが、明日はやることが無くなってしまう。これで麦草へ戻るのは言語道断だし。やっぱり底に降りよう。みどり池に行ってシラビソ小屋を見て、本沢温泉まで行って露天風呂に入るのは素敵な考えじゃないのかな!と思考が決まった。風呂に入るのに山を越え歩き、明日は天狗を登り返して車を止めた麦草まで戻る。本沢に行くならもっと近くに車を止めるのが楽だが、ここは無駄に歩いてみようという気になった。
中山峠からみどり池方面の初っ端はかなりの急傾斜だ。しかも一部崩落しており、直滑降を強いられた。
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こんなに降りて勿体ないと思うほど、みどり池までは一気に400mも降ろされるのだが、荒れた下降点とは異なって森の中は気持ちの良い山道であった。下って爆裂口壁を見上げると、なにやら地底のロストワールドに踏み入ったようでもあり楽しい。
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本沢温泉への分岐近くになると空間も開け小川も流れの、素敵な道だった。この辺に張るのも悪くはないなと思ったが、今日の最終を本沢温泉に定めたときに担いでいた水2Lを捨ててしまっていた。今日は浄水器も持ってきていない。水がないのは宿泊地の制約になることを悔やんだが、本来、張るべき場所じゃないから、そーいうことだと痛感するに留めておいた。
本沢への分岐からみどり池までの数百メートルは道ばたに鉄道レールが片付けられており、元々の軌道跡を歩くのであろうか?木漏れ日の広い道が続いていた。ここも素敵!来て良かったな、と思わせる道だ。
来ようと思ってなかなか来られなかったみどり池&シラビソ小屋、煙突からは薄い煙も立ち上り、なかなかの佇まいである。
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雑誌などで小屋内部の写真を見たことがあるが、時刻は既に5時近く、宿泊客が外で歓談しているが中は飯の支度で忙しいだろうから、薪ストーブ脇でお茶をご馳走になるなどと贅沢を言える状況ではないだろうと勝手に判断し、池の畔に腰を下ろした。ああ、この池の畔の草地に張れるなら今夜はここでも良いかと思ったが、そーいう場所でもないらしく、池の畔で一服して来た道を戻った。

爆裂口の底は日暮れが早い。空はまだ青いが既に日は射さずに薄暗く、白夜の空の下を歩くようだ。本沢温泉への道も泥濘ではあるが気持ちの良い開けた場所が多い。好適地だらけだな...と思いながら歩いていたが、ぽつりぽつりとおいでなさった。が、ここは慌てずに傘をさす。北八ツのこの辺は傾斜も緩やかだから傘で片手が取られても危険は少ない。
華やかな山域ではないが、自慢できるほどの標高でもないが、しかも雨だが...AT値限界を保って歩くように自らを仕向けていたので脳内物質が出てきたのだろう、ほのかな幸福感に包まれながら歩き続けた。

本沢温泉はキャンプ場を通り抜けて本館で手続きをするのだが、混んでいるかと思いきやキャンプ場には一張りあるだけ、ラッキーだ!宿の玄関は今しがた着いたと思われる団体でごった返している。聞くと今夜は50人の宿泊、まぁまぁ多いらしい。忙しい帳場には申し訳ないが、こちらはちゃんとテントの金を払うので受け取ってもらわないと困る。ついでにビールとどぶろくを調達し、水を汲んで雨のキャンプ場に戻った。途中、一張りのテントに挨拶に立ち寄った。テントの主は若い外人カップルと、まだ歩けないくらいの赤ん坊...私もものずきだが、この人達もなかなかやるもんだと感心する。こんな素敵な雨の夜を両親に挟まれてテントのなかでスヤスヤ眠る赤ん坊は幸せだ。憶えてはいないだろうが、奥深い記憶に動かされていずれは山に登る人になるのだろう。
挨拶を済ませたら自分の今宵の場所を決めねばならぬ。緩やかな傾斜で木の下が良かろう。やっぱりあそこだな...登ってきてキャンプ場入り口の大きな木の下、以前も張ったが、やはりここしかないな。

長くなった。
雨のビビ泊、続きは後日。
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大したネタでもないけれど、
北八ツは適度にコンパクトで変化があるので、ぶらぶら歩きも楽しいのよ
続きは後日、とりあえず場つなぎにClickなど!!<img src="http://blog.with2.net/img/banner_03.gif">
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by ulgoods | 2009-07-27 12:37 | 山行

甲武信小屋で

山へ行ってスッキリしたか、今週は仕事も身が入ったのでblogを書くのが遅くなった...もう週末かぁ

■小屋で
受付は北爪さんが対応してくれた。というか、オーナーは休暇で山を下りていたらしい。今日は北爪さん仕切り。すぐに彼だと分かった。
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いつものことだが、小屋で受付すると来たルートや明日の予定を書かされるのだが、着いたばかりは頭の中が白くなっていたり、手が震えてなかなか文字が書けないものだ(私だけか)。今回も記入項目を見落としていたりしたが、先ずは茶を一杯ごちそうになり、空いた項目は北爪さんが埋めてくれたのは助かった。
受付横は売店になっているが強めの酒はREDしかない。申し訳ないが、あれは合わない。悪酔い必至だ。で、次善として日本酒はないかと尋ねたら、日本酒は量り売りで売ってくれるという。助かった!ザックからポカリの500ccからペットを抜き出して満たしてもらいストーブ脇でちょと飲んだ。薪ストーブはガンガンに燃えており、小屋のお宝という大きな鉄瓶がシュウシュウと湯気を吐いている。今まで見たこともない大きな鉄瓶。見事な物だ。で、ビデオのことを聞いたが、残念ながらDVDはだいぶ前に作ったけど品切れとのこと。是非第二版を焼いてくれるようにお願いした。小屋を出るときに北爪さんが、夕食後6時くらいになったらビデオを上映するからコッソリ見に来ても良いよと言ってくれた。好きでテントで来ており、500円しか払わず、薪代にも寄与していないのであまりストーブ脇にいたり小屋に上がるのは憚られるのだが、有り難いお誘いなのでご相伴にあずからせていただくことにして小屋を出た。ら、北爪さんも出てきた。なんでも小屋内は禁煙なので外で吸うらしい。再び小屋前の屋根付きテラスで一服しながら今度は私の軽量装備について話が弾んだ。

テント場は地面も見えていたが、まだ半分以上が雪だった。小屋でスコップを借りて凍った雪を剥がして地面を剥き出しTerra Nova Laser Photonを張った。設営は簡単!幸いペグが刺さったので、気持ち良くキッチリ張れた。張った後、今回は雨なので、スリーブカバーを掛けた。このテント、膜体のポールスリーブ部分というか、縫い目部分は目止めされていない。ポールスリーブ部分以外の縫い目は内張の外なので問題ない。スリーブカバーには予め綱がセットされているので、張ることで強度が増す。膜体とカバーは紐で結ぶ仕様なので、寒いとき凍えた手では難儀しそう。
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でっぷりした胴体の半分が前室なので広い。
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小屋で買ったビールは空き缶は自分で下ろすのが掟らしい。日本酒はガラスのワンカップじゃなくて量り売りでよかった!何の酒だろう?さらりとしているが米の味がした。

テント内で微睡んでいたら、いつしか発電機の音が聞こえている。ああ、小屋は夕飯かと思っていたら...また寝て気がついたらもう六時近いではないか!飯を食い損なったが、身支度をして小屋へ向かった。
話どおりに招き入れてもらったが、コッソリとはいえ泊まりは素泊まり2名を含めて6名だから、コッソリも何もない..あまりコソコソもアレなので、大きな声で挨拶をしたら気持ち良く受け容れてくれた。
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その後は、わはは、飲んで笑って。おかげさまで楽しい時間を過ごさせてもらった。
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爪さんも例のテーマ曲生演奏以外にも"この場の雰囲気即興曲"や歌を聴かせてもらったり。すっかり時間オーバーさせてしまって、朝も早かろうに、申し訳ないです...

■翌朝まで
翌日は、すっかりよく寝て起きたのが9時。ああ、やっちまった。外を見ると他の人の3張りのテントは跡形もない。当然だ...雨はまだ降っていた。
急ぎ湯を沸かし、α米にカレー粉と具を入れていたのを戻して少し食って撤収に掛った。T's Stoveの固燃Ti五徳燃焼台は安定がよいので、ふかふか地面でも危なげ無くてありがたい。

そう、寝袋のこと。酔って寝袋に潜り込んだのだが、実は夜中寒くて目を覚ました。気温は2度程度。毛糸の帽子を被っていたが、頭部のない寝袋のこと、やはり首から暖気が漏れており、そのままでは温もらない感じ。上はTシャツとパタ・キャプリン2と薄手の化繊の防寒着、下は薄いメリノウール製タイツにストームゴージュパンツで全体として薄着傾向だし。そこで、UL 60 Balaclava(化繊入り防寒頭巾)を取り出して被って頭巾の裾を寝袋に中に入れて袋の首を締め、暖気の遺漏を防いで後頭部も防寒した。暫くすると中も温もりを感じ、それからは朝の9時までぐっすり寝たことになる。寝袋の話を期待してくれたとしたら物足りないが、何も問題なく寝られたということ。この季節ならフード付きの防寒着を持ってくるべきだった。で、袋に関しては首回りの調整によって温度調整がすごく効くこともわかった(^^;;
袋は足元がタイトな形なのだが、その効果か、熱の回りにくい足元も冷えずに結露濡れは少なかった印象。
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テントの外張りの内側を指でなぞったが、うっすら湿った程度で結露は少なかった。低温で湿度100%で中で酔っぱらいが寝ていた割には換気が上手くできていたっぽい。

■帰り道
急いで撤収し、小屋にお礼を言い、帰りの行程に移った。予定では雁坂峠に下るはずだったが、木賊山の雪斜面を捲いて破風山へかかる開けた辻でのこと、雨と風が強まってきている感じがした。このまま進み、冷たい風雨にやられながら破風山を越えるのは辛そうだった&寝坊で時間がなく先が読めない不安もあったので、予定を変更して徳ちゃん新道を下ってみることにした。来た道の戸渡尾根は二カ所の渡渉があったが、この雨のことだから増水も予想されたし。
とりあえず薄い踏み跡の雪斜面をGPSを頼りに登り返しつつ木賊山の南面に回り込んで昨日の分岐に戻り、そこからは風雨穏やかな樹林帯の中をグングン高度を下げた。途中の短い吹きさらしの区間ではよろめくほどの強風だったので、こちらの道を選んで正解だっただろう。
徳ちゃん新道は登りは急登で始まると紹介されていたが、急な箇所にはトラバースが切られているので危なげがない。お馴染みになった石楠花はこちらの方が咲いている。のと、手入れが良いのか、刈り払いが広くて濡れた枝葉の干渉が少ないのは助かった。
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もう一段下がってからの唐松の道は雨にもかかわらず軽快な感じで気持ち良く歩くことができた。歌い出すほどではないが雨もまた佳しという気になる。
いつしか渓谷の音が聞えてきたら、やがて大きな建物の脇の登山口に出て無事下山となる。
下りは滑らぬようにゆっくりトボトボと歩を進めて4時間。普段使いにはこちらの道の方が良いな。
西沢渓谷は雨にもかかわらず多くの人が散策に来ていた。皆さん元気でよろし。売店まで戻ったら運良く五分後にバスなので、今度は塩山に戻ることにした。殆どの人は観光バスらしく、路線バスは気の毒なほど空いていたが私には嬉しい。
予想より早く駅に着いたので、塩山からは鈍行列車で帰ってきた。途中ウトウトしたり田部重治の山と渓谷を読んだり...何故か久々に電車で旅行した気分になったのは儲けもの。金よりも時間を掛けるが贅沢。

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もう一回行かなくちゃ...今度は小屋じゃなくて山へ行かねば!

Clickクリック!どんどどんと

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by ulgoods | 2009-05-23 01:05 | 山行

甲武信小屋へ

雨の甲武信と寝袋のテスト

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■前振り
例年どおり連休中は諸事情あって身動きが取れなかったのだが、連休も終わったのでボチボチ身動きを取ってみることにした。
さてどこへ行こう...と思い物色していたら、ありました。近くて良い山、まだ行っていない山、甲武信岳があるじゃないか。と、思うに至ったのには幾つかの理由が考えられる。

まずは、恥ずかしながら最近になって田部重治が阿佐ヶ谷のご近所に住んでいたことを知り、単行本の山と渓谷など買ったりして明治期の簡素で伸び伸びとした奥秩父の山歩きの記録に触れ、想いは幽玄な苔むす森に誘われていたことも甲武信を選ぶ下地になっていたのは間違いない。本来なら金峰からだけど、甲武信から雁坂へ下ってみようかと思った。
さらに、甲武信岳でググルと最初に甲武信小屋のページが表れるが、今年はオーナーが小屋に入って25年の記念ということで、ページの中央上段にスライドのコーナーが設けてあり、何の気無しに開いてみると動画のページがあって、開いて見たらヤラレてしまった。アコースティックギターのちょっと切ない、しかし力強く伸びやか繊細な旋律に合わせて展開される美しい甲武信周辺の山や植物のスライド、高画質で音質も良い。画像は小屋オーナーの徳さん、ギターはスタッフの爪さんによるお手製だと知ったら、だ、これは行かねばなるまいて。いつしか心地よい旋律が脳幹を満たし想いを強くしていた。小屋にDVDとかあったら買うつもり!
動機は万全なので実施計画として電車バスを調べたら、あずさ3号を山梨市駅で市営バスに乗換えると接続もスムーズで7時に家を出ても10時には西沢渓谷に着けることも分かってしまい、さほど高くない山だから5時間あれば登れるっぽく、10時に出て山頂に3時ならOKでしょということで行程的には無問題。
だめ押しに、金曜の夕方、隠れ奥秩父ファンで有名な三鷹の某店主の店に顔を出し雑談などしていたら、かねてから試作中の寝袋の2号機が展示されており、これに関しては構想や初号機の採寸問題など、勝手に首を突っ込んでは要望などを言っていたのだが、形になったモノはなかなかの出来映えであったので、勝手にテストを買って出て貸し出してもらった。こういう物でも無いと、朝の自宅での天気がイマイチだと行くの止めようかと弱腰になる傾向なのだが、これで行かない理由はよっぽどの暴風雨か大寝坊以外にあり得ない。
週末は天気が悪いらしく悩ましかったのだが、このまま悶々と悩ましいよりは行くが健全だろう。

と前振りが長いのだが、斯くして甲武信行きを決定し、楽しい荷造りを始めたのが寝て起きての朝の三時。
もちろん、パッキング中もあの旋律をバックに流しておいた。こっちも良い
時々音が出ないが(@IE7)、音量調整をクリックすると聞こえてくるようだ。回線事情が困らなければHD画質で見るのを勧める。断然美しい。
こんなの無料で覧られて未だに幸せ感が強い。

■荷造り
想定気温を摂氏0度と設定。雨が予想されたので雨具はちゃんとモンベルのブリーズドライテックの上下。それなりに登り初めは暑いだろうから上はUSモンベルのPitZip付きとした。防寒着としてはBMW製Backpacking Light UL 60の試作品を格安で買ったがフード無しだったので、別途UL 60 Balaclavaの試作放出品も持った。降られると手も冷たいだろうから、モンベルの薄いフリース手袋とオーバー手袋としてMLDのeVENT Rain Mitt(25g/組)も持った。下半身は弱い雨なら撥水しそうなファイントラックのストームゴージュパンツで、寝る時用にBPLのメリノウールのタイツとした。
テント場には雪がありそうなので、床付き二枚壁テントでTerra Nova Laser Photonを連れ出した。今回は雨対策で初めてポールスリーブカバー(86g)を持ち、スタッフザックは用いずにバックパックの底に詰め込んだから790g程度。Hilleberg Akto同様に広い前室のテントだから降り込められても何とか暮らせそう。防水でTyvekシートを敷く。
ザックはGossamer GearのMariposa Plusを引っ張り出し、背面のクッションとしてはR値を勘案してProLite4の3/4を入れた。二つ折りでは長いので、一部を三つ折りとして腰部分に厚い箇所が来るようにした。今回はレインカバーは用いずに、Sea to summitのライナーで対処した。

テストという名目で借り出した寝袋は三鷹ハイカーズデポ試作2号、高品質羽毛と20dのシェルを用いた550gの三季用。フードは省略し、ボディーは無駄のないメリハリの利いた形状を持っている。この形はこだわった部分で、上半身ゆったり下半身シェープの着て寝で適用温度が広くなるように考慮されている。あぐらはかけないが、特に問題ない。内部はコンテニュアスバッフル採用で、寄せてモッコリ除けて薄々というロフトの調整ができるし、フットボックスは足の裏までジッパーが伸びているので、全開ならアジの開きのようになって一枚モノとして掛けて使える。Goliteの昔の寝袋のように足元を開けてベンチレーションしても良いかも..など。ちょっと気づいた細かなリクエストを出したので、反映されれば面白いと思う。という言う以上のことは現時点では書けない。

飯はα米にオーサワのヘルシーカレー粉と同じくオーサワの大豆ミートなどを予め混ぜて袋に入れて持ってった。
ストーブはT's Stoveの固燃Ti五徳燃焼台改とチタンフォイル風防を合せた。
鍋はBackpackinglight Titanium 550
雨の日のアクセントで、Goliteの雨傘を持った。
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水筒にペットボトルを使うと途端に貧乏くさく見えるのだが、軽いし踏んづけなければ問題は少ない。くたびれたらお役御免にする。
トレッキングポールはTitanium goatのカーボンAdjustable Goat Polesなのだが、片側が最後のギリギリで抜けなくなり、変な力を掛けたら竹が割れるように長さ方向に沿って割れてしまった。いったんは割れ目にエポキシを注入して修理したのだが、やはり直らず試したら一発で割れたので、思い切って切り詰めて修理した。その強度テストを兼ねて持っていった。修理具合は時間と手間を掛けて丁寧に行ったが、一般的な製品ではないので面白くないだろう。

■登り
登りは戸渡尾根を使った。この道は昔の珪石運搬のトロッコ軌道が見られるとあったので、朽ちた線路を辿るのも面白かろう。
線路は所々見られたが、廃棄されてからの年月だろうか、山肌が迫り軌道を埋めている箇所もある。遅々としてだが山体の風化を物語る証、あるいは植物の膨張による侵食か。
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軽やかな新緑と対比して朽ちかけようとしている鉄ののたうつ道。切り取られてもなお原始へ回帰する営々たる自然の力と人が夢見た栄華の儚さを垣間見る。
廃墟萌えな人ではないが、かつての人の営みの痕跡を見るのは嫌いではない。建物は怖いので入らない。
道それ自体は歩きやすいが、所々斜面から落ちた砂で道が埋まり、危険な箇所もある。また、線路下が崩落し、宙に浮いている箇所も多かった。

GPSの記録を見直すと、登山口10:29出発、徳ちゃん新道の合流点12:33、木賊山14:40、甲武信小屋14:51であった。2300m後半から登山道に雪が表れ、2400mより上は一面雪。雪の薄い部分で木の根を踏むのでアイゼンを着けるほどではなかったが、踏み跡を外すとまだ深く踏み抜く。途中、2000mくらいでモヤが晴れたが、2200m付近から雨。降り始めはアラレ。手が冷たいので手袋とオーバーミットを着用した。これは持ってきて正解。
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登山道沿いの石楠花の葉が濡れておりズボンをするが、ストームゴージュは撥水良く、一部染みたが濡れた感じは無かった。
キツくはなかったが、それなりに発汗していたのでレインジャケットの下は直にTシャツ。胸を開けPitZipも効いており不快はなかった。
木賊山の雪はこんくらい。
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■小屋
小屋は風格があり、かといって古び過ぎてはおらず、どっしり建っている。到着時も雨だったが、入り口向かいのテラスに屋根が付いていたのはテント人にとっては嬉しい。
柱にさがった温度計は摂氏3度を示しており、夜冷えたら降雪かと思った。
まずは、涼しくて嬉しい。

ちょと書き疲れ、ギターの主との対面や楽しい夜と翌日の記録は明後日くらい

テント場の様子
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取り急ぎ、来週の人の参考になれば幸い。


自転車で太もも育成中...お陰で歩みも早いし疲れも少なかった感じで


Clickクリック!どんどんと

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by ulgoods | 2009-05-19 00:47 | 山行

奥多摩酔仙


日曜は日帰りで奥多摩の低山を歩いた。
奥多摩のそうは高くない山々も今頃は萌えて新緑。こんもりした山肌に桜もちょうど満開で、期せずして三度目の花見に目じりも緩む。
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朝、飯を握って軽く焼いてから味噌を塗って持ってきた。網も持参し、山で炙って食うと旨い。
下りは渓谷沿いに歩き、山肌から流れ出すその場所で旨い水を堪能した。川の始まるその一滴をククサに受け溜め、念のために紫外線で殺菌すれば冷たいままに後々の憂いも無い。
それなりに気持ちの良い山歩きであった。

さて、奥多摩のもう一つのお楽しみは山を降りてから始まる。さっさと電車で帰らずに、毎度道草しては奥多摩の産物で奥多摩の酒を飲むことになっている。駅周辺の小さな飲食街、狭い路地にひしめき合っているのだが、今回はお初の店の戸を開けてみる気になった。ちょっと良さそうなその店は、まだ日は高いが暖簾は出ている。中が見えないから不安もあるが意を決してガラガラと開け、偵察がてらザックを担いだままの顔だけ入れて挨拶をした。

間口一間そのままの幅の店内は狭い。女将さんと常連とおぼしき3人が既に結構デキ上がりのグラス片手にこちらを振り向く。ども!空いてますか?と尋ねると、いいよいいよと運良く空いている席を指してくれる。空席越しに盛り上がっているようなので、詰めてもらった方が良いですかね?と言うと、良いから間に座れと言う。せっかくだから有り難く座らせてもらった。ここの流儀、中は狭いのでザックは路地に出しておく。案の定、話に巻き込まれるが話が面白い。こっちも半分その気で来てるから、あれよという間に澤乃井の小瓶が並んだ。

やがて、昨日飲んだという岩魚の骨酒の話となる。なんでも釣りの名人から天然物の差し入れがあって昨日は痛飲したらしい。ほーと思っていたら、女将さんが昨日の残りがあるからと塩焼きにして出してくれた。釣り上げた天然物、大きさは不揃いなのだが、生臭みなく淡泊かつ焦げた皮の風味が香ばしい。女将さんの焼き具合もよろしいが、これはその釣り師に指南されてのことらしい。と、舌鼓を打っていたちょうどその時、ガラガラと戸が開き、運良くか毎日のことかは分からぬが、件の釣り師が顔だけ入れて中を覗った。待ってましたと皆で席を詰めて釣り師のために隅っこを空けて補助椅子で座ってもらうことになった。岩魚の礼を言い、話はご馳走になった岩魚から再び昨日の骨酒へ...なんでも釣り師殿、毎晩二尾を焼いては骨酒で六合を飲むという。皆ウンウンと聞いているが、話すほどに皆の視線が物語る何かを感じてしまった釣り師殿、一寸待て、家からとっておきを持ってくるからと席を立った。ほどなくして釣り師殿は型の良い岩魚四尾と共にご帰還だ。

女将さんが焼く。釣り師殿がカウンターに入り、どれ!と絶妙の焼き加減を見計らって素手でにぎって鍋に沸かしてある酒に放り込む。ジュっと音がして見る間に酒が飴色になってくる。あとは鍋がカウンターに出てきて、お玉ですくって飲めと言うことになった。
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いや、濃厚。ほんのり香りと言うもんじゃなく、岩魚のお出汁にほんのり酒香と言うべきか。酒も岩魚の脂でとろみが出ており、まさに甘露。
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うまい!うめっ!と、たちまちにして鍋は空き、鍋に継ぎ足し煮出しての二番酒となる。通に言わせると二番が旨いらしい。なるほど二番は酒の味もしっかりしており飲んだ気になる。さすがに三番となると岩魚も精根尽きるのだろう、しかし風味も残ってまだ飲める。四番まではやれるという...

やれやれ、初めての店で大いに飲み笑い、気がつくと終電を気にする時間が近づいて来て、慌てて辞することになった。
隣で飲んでいたオヤジさん、住所を知らせてくれて遊びに来いと仰る。だけれども来るときは少し前に葉書で知らせてくれよとも。電話もないし、テレビもない家で絵を描いて暮らしているらしい。

わはは!都内なら葉書は二日もあれば届くという。確かに!
どうやら私は奥多摩酔仙たちの宴に紛れ込んでいたのだろうね。
秋の個展も楽しみだ。



奥多摩は、山も良いが渓も佳い。人も好いから私も宵から酔いました。
一献...Clickどんどん!!

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by ulgoods | 2009-04-21 11:33 | 山行