利き腕とCasioへの小言

利き腕とCasioへの小言

主題は3つある。Casio PROTREK1300の根性無し加減と、ザックを左右どちらの腕を先に通すか。一見した所は関係なさげであるが、実は深遠な問題だ。オマケとして補修テープのことも少し。
小言の割にちょと長い。

■前振り
昔から電卓はシャープ、山時計はカシオを愛用している。私のCasio PROTREKも昨年のJMT直前のアクシデントで代替わりし、今では1300シリーズとなり、太陽電池の電波時計で許せるほどに薄く軽くなったので普段も常用しているのだが、というか、太陽充電池時計なので、植物の如く光に当てないと電池がヘタって、諸々の経験からすると、過放電した充電池はもう根性が無くなって、次回からは腑抜け電池になることが分かっているので(カシオの初期の太陽電池腕時計とか他社ビデオカメラの電池で)、この時計はセッセとはめて愛している。電池が減ると冬眠モードに入るようだが、試す気にはならない。
今までは仕事柄、キーボードを打つ時の手首の邪魔やバランス悪化による肩こり誘発の難があって、腕時計をしない生活が学生時代から30年近く続いていた。今ではPC画面にも携帯電話にでも何にでも時計がついているから時刻の確認には困らないが、その昔、PC画面に時計が表示されない時代(MS-DOS)や、携帯電話が普及する前でも腕時計はしていなかった。どうしていたかというと、街ではお店を覗き込むと、どんなお店でも通りから見えるハレの場所に時計が掛けてあったので素早く時計を読むことができたし、駅では正確無比な時計が見えるし、電車の中ではつり革の横に誰かの時計があったから、それを盗み見ていて、デジタルじゃない時代だから一瞬見ておおよその時刻は把握できたものだ。あとは、勘でつないでいけば待ち合わせにも困らなかった。
で、先にも書いたが、この時計は光充電池だから..ま、最近は外出時は時計を填めるようになった。その都度、携帯を取り出して眺めるのも面倒だし、お店の時計も減った感じだしね。ああ、メタルの時計バンドの小パーツが手首を曲げたときに皮膚を噛んで痛かったのも、皮のバンドが臭くなるのも、ゴムのバンドが伸びてだらしなくなるのも好きではなかったっけ...無論、キーボード打時は腕時計は外す。
高い時計は持ったことがない。装飾品の類は買った試しが無いからだ。
ま、そんなことはどうでも良い。本題ではない。

■ザックと腕時計の不合理
山時計だから山に行くときは腕に填める。どういう訳だか知らないが、男の子だから腕時計は左手に填める物だとガキの頃に教わったし、腕時計はそのように出来ていることに疑問はなかった。たぶん、右利き多数の世の中で、ペンを持つ利き腕に重い時計があると不都合が多かったのだろう。理解できる。
一方、私は右利きで、ザックを担ぐとき誰に教わったわけではないが、自然と右手を先に通すことになっている。軽量ハイカーになってからは重量挙げのようにエイコラとザックを膝に引き上げてから腕を通し、膝の反動で担ぎ上げるあの儀式は不要になったのだが、昔の習慣で右手を先に通すことは変わっていない。都度、腕時計がハーネスに干渉して摩擦するが、つい先日まで、その不合理について深く考えたことはなかったのだが...悲劇はそこから始まった。ザックを担ぐ人が腕時計を填めた歴史の最初から、その罠は仕込まれていたのだ。

■悲しい出来事
状況を書くと、10月某日、いつもの如く電車で山へ向かった。ドア前、足下にザックを置いて電車に揺られていたが、荻窪駅で丸ノ内線からJRに乗り換えるんで、ザックを引き上げてハーネスに腕を通した時だ。いつものように先ず右手を通し、左肩をよじって左腕を差し込んでからチョイと腰の反動を付けてザックを担ぎ上げる...大方の人は同じ動作と思うのだが、その時は何か違ったのだろう、左手が、正確には左手首の腕時計がザックのショルダーハーネスに引っかかり腕の通りが悪かったのだが、既にザックを担ぎ上げる一瞬一連の動作に入っていたから中断もできずに続行してザックを担ぎ上げた。で、一秒後、チャリーーーンと、床に何かが転がった音がした。誰か金でも落としたかと音の方向に目をやると見ると何か輪っかが落ちている。何だろう??周りの2、3人も見ているが誰も手を伸ばして拾う気配がなく、すぐに2秒後にドアが開いた。タイミング的にはザックを担ぎ上げた直後なので、この輪っかは私に関係あるかもしれないという啓示があり、蹴飛ばしてもアレなので、瞬時にしゃがんで拾い、とりあえずは電車を降りた。人混みの中、手にした輪っかをしげしげと見て3秒後に何が起きたか理解することができた。こりゃ、腕時計のベゼル輪っかだ。腕時計の文字盤の外周部分の輪っかを右手に握りしめて、左腕のCasio Protrek 1300 ARワールドシリーズモデルというのをしげしげと眺めて、やっと関係が符合したのだった。
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え”ーーー、普通は腕時計って小さくて固く作られていて、その一部が脱落というか、剥離というか、そんな壊れ方する訳ないと固く信じていた私の常識がCasioと共に崩れ去った一瞬だった。人混みの中、立ち止まることも憚られたのでそのまま歩を進め、改札を出、自動的にJRの改札に導かれて、ホームでもう一度よく観たが、何やら、この部品は接着されていた感じだ。ザックを担ぐときにハーネスにベゼルの強度的な鬼門方向が引っかかり、小さいが想定外の力が掛かって一瞬のうちにして接着が解かれて剥離したのだろう。

■カシオの時計
をいをい、糊留めかよ..爪で接着の残りをしごいたら少し弾力がある。あ、こりゃ両面テープだ。orz...カシオのやつ、両面テープでベゼルを粘らせて留めてやがる、と気づいたのは中央線が山へ向かう車中のことであった。あーあ、やっぱカシオだ。
実のところ、私はカシオは嫌いではない。カシオと言えばエレキとメカを融合するのが得意な会社で、機械の部分をエレキで置き換えて小型軽量低価格を推進してきた独創的な製品作りには敬服していたし、ガキの頃にテレビのCMで連呼されてた♪答ぁえ~一発ぅカシオ・ミニ~♪の旋律は今でも脳裏に焼き付いている。最初のデジカメはQV-10だったしね。しかし、カシオの製品は極限までコストを切り詰めたチープさが漂い、遊べる期間はそう長くない印象だ。そしてコレだ...強度の整合性に難があると思う。

カシオの時計と言えばG-Shockが流行ったが、あの当時は時計無し人生だったから、G-Shockがどんな出来かは知らないが、G-Shockと言うくらいだから衝撃などには強いのだろう。Gを試して部品が剥離したのではお話にならないはずだ。前回のPROTREKは一度バラしたのだが、ベゼルは超細いネジ止めだったと思う。腕時計はスイス時計がそうであったように極限の機械装置だから、部品は機械的に接合されているのは当然と受け止めていたが、これは違った。カシオなのだ。最も力が掛かりそうな部品を糊で粘らせてくっつけて作ってある。接着自体は悪いとは思わない。最近の飛行機は炭素繊維を使い、糊留めされていると聞くし。
尤もこの時計は防水性を謳っており、ネバらせて留めたベゼルにその機能を負わせてはいないだろうから、このままでも使えるはずだが、よーくみると、極小のバネが見えている。ヤバイ。こういうのはミョーーンと飛び出してそれっきりになるケースが多々ある。昔から機械をバラして組み立て遊びをやるとネジやバネが2,3コ余るのが常で、そんな極小部品ほど重要な働きがあって、無くすと機能が再現しないのは身に沁みている。
あーあ、この両面テープ貼り、11時方向のテープがひしゃげて貼られているし。どんな品質なんだか...がっかりだ。

■応急補修 TEAR-AID
とりあえず何かでネバらせて仮留めしないと..これからお山なのだ。露出したバネなど何個あっても無くすに違いない。手持ちの物で何とか...ん?!と気づいたのは、最近になって山行装備の補修用品に仲間入りしたTEAR-AIDというビニールテープだ。これはネオプレーンやゴムボートやテント生地の補修用として使われる、防水な伸びる厚手の透明な強力テープだ。電車内でザックから補修用具袋を取り出して、TEAR-AIDを広げ、首から下げた紐に通してあるVictrinoxクラシックの小さな鋏で5mm角くらいに切り分けて、テープを伸ばして数カ所貼り付けた。目論見は当たり、以来約一ヶ月、毎日の使用に耐えている。ほほほ!一時的にせよ生活の場を山に移すから、最小限ではあるが多くのことに対応できる準備は出来ていたのが嬉しい。その他ネバ系ではアメリカ映画の悪党が好むダクトテープも携行しているが、これは力が掛かる耐久性も必要な場所用で、銀色だし時計にはそぐわない。
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先日の山行で何度もザックの上げ下ろしの度にハーネスを通過したが、全く問題ない。どうせ頼りない両面テープで仮留めされていたような部品だから、この洋モノの強力なテープで外側から留めた方が強いかもしれない。が、時間がたつにつれ、ネバネバテープが融着テープぎみになってテープ周辺がネバり始め、そのネバが埃をネバらせて少し見苦しい感じになってきた。

■修理
で、微小バネ(1枚目写真5時方向)の件もあるし、このままではイカンと思って修理に出したい気持ちになってきた。私はこの時計は愛しているからね。で、新宿のヨドバシ時計館地下2Fの修理に行ったのだが、症状を話したら..何も考えずに反射的に3週間掛かりますって。げ!5分じゃないの?秋葉のカシオに持っていけば2週間で済むらしいが、その週末は村上さんと山に行くことになっていた..時計がないとちょと間抜けだ。山では携帯電話の電源は切るからね..山歩きはあまり時間に縛られないが、奥多摩では帰りのバスとか気になるし、時計は要る。不思議と時計を見ながら歩を早めれば何とかバスには間に合う歩行が出来ることになっている。なんせ、バスの便が極端に少なくてTAXIは高い。そんな場所を選んで行っているのだから文句は言わないが、できることならバスで帰りたい。
どーせ修理と言っても懲りずに何かでネバらせるだけだから自分でやるか。二度と外れないように頑強に接着しても良いし、そこそこ強い両面テープは手に入るだろうし、やり方は後で考えることにして憤然やるせない気持ちでヨドバシを後にした。

というわけで、修理に取りかかったとこ。たぶん、微小バネは時計を傾けるとライトが点灯する仕組みと関係ありそうだ。今回、テープを剥がした時にはバネのことを忘れており、あ”っと思い出してみたが、本体には付いていなくって青ざめたが、目線を細めたら近くに落ちていて助かった。教訓めくが、機械をバラした時に何か小部品がが落ちても慌ててビックリして体を反応させてはいけない。だいたいは蹴飛ばして更に状況を悪化させるから。う”っと落ち着いて周囲を見たり飛跡を思い浮かべて目を凝らすと見つかることが多い。
とりあえず、手持ちの水回り用強力両面テープがあるが、これは厚みが1mmくらいあって厚すぎる感がある。厚いとまた引っかける可能性があるから没だ。何か両面テープを探してこないと...

ちなみに、TEAR-AIDであるが、融解気味なのだが、剥がしてみたら、やはり強力なネバが残った。粘っこさが信条のモノだから仕方ない。ま、こういうやつは石油系の溶剤で拭けば取れる筈。手元にあったハクキンカイロの燃料のベンジンで拭いたら、ネバネバも退散してきれいになった。カシオの時計表面のプラスチックや印字系が溶けなかったのが幸いだ。

PROTREKの同シリーズにはチタン製の高価なモノもある。欲しいが買えないし、負け惜しみではないがチタンである必要性もあまり感じない。ガワがチタンでも見た目では本体は同じように思える。たぶん、チタン製の強靱なベゼルも何のことはない両面テープで貼られているんだろうと思う。持っている人は何かでコジって外せるか試してみてもらいたい。チタンはそのために高価なのだから、野外で外れて紛失すると涙が出そうだ..し、ガワは永久に保ちそうなチタンだが、中身は、ガワほどには長持ちしそうにない。寿命の整合性に難があると思う。三万年後に残ったガワだけ見かけても哀れで悲しい気持ちになると思う。

■ザックの最初の腕
さてザックを背負う腕だが、私は右だが、左から背負う派の人はどんだけいるんだろう?やはり、利き腕最初な感じだろうか?両方一緒に担ぐ人はあまり見ない。
こんなことがあったから、カシオの時計をしている限りは左腕を先に通すようにしようかと思っているが、長年身についた左右非対称な動作を無意識で変更するとかいう事はうまくできる自信がない。
今年の夏前に自動車を買い換えたが、ハンドル位置が逆になって気がついた。バックする時に右回りには腰が回転して後ろが見えていたのに、今度のは左方向への腰の回転が必要なのだが、できる体の回転量が足りないのだ。思わず右回りしてでも見にくい後ろを見ている自分に気がついたorz...ので、バックのカメラを取り付けたが、カメラ画像を見ていると周囲の確認がおろそかになる弊害もあり、何回かは擦りそう(涙

その他、最近はザックの肩ハーネスに小物袋をぶら下げるのだが、これも左に付けると具合良くない。だいたい右腕を最初に通してから担ぎ上げたときの左のハーネスは自動的に1回転しており、それを直すのは担ぐ動作の一部になっている。ここに袋やGPSなどの小物があると、オマケで2回転することになっている。その都度直すのが、何回転してくれているか分からないので、確認に手間取って面倒だ。もっと左のストラップを大きく緩めて脱着すべきなのかな?これからは、他の人の担ぐ動作を観察してみたい。

■愚痴。
カシオに限らず最近の風潮だが...たとえばJR、かつて国鉄時代には膨大な手間暇を掛けて誇りと自信をもって日々整備運用していたのと思うが、車両事故とかあまり聞いたことがなかった気がする。あまり乗っていなかったせいもあるかな?が、民営化してから、特に最近は???な傾向かと思う。ネットで中央線の運行情報を送ってもらっているのだが、頻繁に車両故障で止まってるようだ。車両故障と年末になると増える人身事故と..ま、後者はJRの責任は問いにくいが、故障で止まるのは増えたのではあるまいか?今日も昼間止まってた。今日は晩方に丸ノ内線に乗ったが、丸ノ内線も車両故障でえらく遅れ、電車の中で待たされてイヤになった。何か変だぞ。
カシオも電車屋さんもコストを削減して安価を維持しているんだろうが、もしかして、絶対に壊れないとか絶対に止めないとかいう心意気に端を発する、かつての日本人が勤勉に大切にしてきたある意味プライスレスな技術や運用の現場の誇りや工夫を捨てて、コストに見合う強度とか、客に転嫁できる故障は容認する整備とかという風潮になってきて、それを越えた努力は粛正されるような、そんな事かなと思うと残念な気がしてならない。コストに見合う壊れ方を計算するのも大変な計算をするんだろうが、もしかしたら故障を容認するが現場が責任を問われない故障を勘案済みの工程を省略したマニュアルを作るとか、そんな暇があったらコスト以上に壊れない計算にパワーを使って欲しいと思う。

最後の5%を詰めるのに全体の30%くらいの時間や金のコストが掛かるものだ。そこを削って利益を出すのはいかがなものか?
世の中、合理的というのかな?なんかインフレ率以上に安っぽい方向に向かってる気がする...
高い時計を買えばよいのかな?装飾性がある物は持たないことになっているから、時計はPROTREK1300がMaxだ。


自前だからちゃんと文句言いますが...
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by ulgoods | 2008-11-21 06:21 | 生活系
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