たばでんでえろ~飛龍山

■山選び
どこか、人に話してもインパクトのある山、アルプス系とか行こうと思ったが、紅葉のシーズンのこと、土日であれば尚更に帰りの高速や山道での混雑が面倒で、どうにも対象が絞りきれないでいた。いよいよ金曜になったが、まだパッキングに手を付けられない。超軽量ハイキングでは、行く場所の状態や気象に応じて装備の安全係数を最適化して無駄を省くというのがミソなので、最軽量を追求するには行き場所が決まらなければ装備に手を付けられないという側面がある。ま、そこが面白いのだが...
金曜の時計も煮詰まってきた時、そうか、混雑が嫌なんだと自分で納得でき、インパクトな山を辞退し、静かであろう山を目指すことにした。静かということは、マイナーで、この時期ならまだ紅葉の盛りを迎えていない山ということになる。車は混むのが嫌だから電車として、ついでに電車賃も安い方がよいから奥多摩に目星を付けるのは当然の流れだ。で、奥多摩に以前から気になっていた尾根がある。そこは尾根の上の方で等高線の間隔が広いなだらかな地形で、地名的にもそんなことを思わせる場所、丹波天平という場所だ。読み方は、「たばでんでえろ」と江戸風なのもよろしい。尾根の終点は飛龍山であり、標高的には東京都最高峰の雲取山よりもまだ高い。私には充分である。
行き場所が決まれば、この時期の最低気温としてゼロ度程度を想定し、降雨の心配も少ない予報なのでサクサクと装備が決まる。今回は、前回同様にアライのシングルツェルトのテストを行うことにした。寝具系はモンベルの薄手のダウン上下を着込み、NunatakのArc Ghostという羽毛キルトを上に重ねてみよう。中と外で化繊+ダウン、化繊+化線、ダウン+化繊、ダウン+ダウンの組み合わせで最適な物を見いだしていきたい一環でもある。ザックは使っていなかったGossamer GearのMurmurを使おう。背面にマットを挟み込んで骨格とクッションを得る脊椎タイプのペラペラなザックだ。背面のマットは取り外しが容易なので、いままでの巻マットによる内骨格(生物学的には外骨格と呼ぶのだろうが、インナーフレームザックの語感とは違和感がある)と違って休みたい場所でマットを取り出して休むことができるだろう。のんびり山行に便利と思う。飯はα米に乾物を、朝食は菓子パンで、腹持ちや調理時間の短縮と水の節約あたりも確認したいなどなど、低山では低山なりの課題を見つけてパッキングを行った。
e0024555_17013.jpg

水食料抜きで4.6kg程度であった。行動中はペットボトルのポカリを飲む。真水は1Lの平型ペットボトルを使った。軽くて丈夫でタダ。ザックの背面のメッシュに折りたたんだリッジレストが差し込んであり、骨格兼クッションとして機能している。

■行き
丹波天平に登る道は何本かあるが、今回は親川から入る最も距離のあるコースを選んだ。というのも..ホリデー快速1号に乗り損なったので数少ない丹波行きのバスに乗れず、仕方なく1時間後のバスで直近の鴨沢西からお祭の方向に歩いて入ることになり、一番近い取り付きが親川である。
おや、登山道入り口の看板はサヲウラ峠となっていた。地図では丹波天平の向こうの峠はサオラ峠となっているが、地元的にはサヲウラが正しいのだろうな。サオラではよく分からないがサヲウラであれば竿裏とか、棹裏であろうか、そんな文字も字も当てはめることができよう。帰ってからwebで調べると竿裏峠であったらしい。
サヲウラへ向かう道であるが、奥多摩の例に漏れず、いきなりの急登で始まる。道は整備されていて歩きやすい。その道々に廃屋がある。電柱もあって電気が引かれていたようで、急登を40分以上登ってもまだ廃屋があったには少し驚きである。こういう場所にも人は住んでいたのか。中に雑然と散乱する道具を見ると昭和の様式である。そう古くない時まではここに人の営みがあったのだ..どんな生業であったのだろう?産業構造が変化して住む必然がなくなって下りたのだろうが、人が住んでいた頃は朝な夕なに炊ぎの煙が何本も立ち上がって里から見えていたのだろうな..など考えながら歩かされる道である。人が住んでいたからには水もある。最後の廃屋の手前には生活に十分な量の水が引かれ、いまも流れていた。
最後の廃屋を過ぎて、ひと登りしすると、植生が杉から広葉樹に変わり、天平(でんでえろ)な地形が現れてきた。更に数分行くと、なんということだろう、そこには広大な平地があり、栗、ナラ、唐松の風通しの良い林が広がっているではないか。地図を見て予想したとおりの平らかな場所だ。
このあたりの地名や廃村のことは
でんでえろの峠 / サオラ峠(サヲウラ峠・竿裏峠・棹浦峠)・今川峠・越ダワ(越ザワ?)に詳しい。
さっそく、マットを外して敷いて寝転がって休んだ。なるほど、この方式は便利で快適だ。
e0024555_181219.jpg

ちょっと小道具を使って自己陶酔写真を撮ろうと思ったが、仕掛けが丸見えである..
暫く休んで今夜はここでも良いかなとか思ったが、まだ先がどうなっているか知りたくて、尻の上に乗っている重い腰を上げることにした。夢のような平らな山道を惜しみながら進んで苦もなく件のサヲウラ峠に出た。直進すれば飛龍までのミサカ尾根、右に行けば三条の湯、左に下れば丹波の村である。今回はミサカ尾根で飛龍に向かうことにした。ミサカ尾根は笹っぽい尾根であるが、広く刈られていて歩く支障にはならない。ちょっと雰囲気が悪くなったので、ときより獣避けにホーホーと声を上げながら歩いた。
大ダワ尾根もそうであるが、この辺の尾根は急な出だしの取り付きの後に緩い天平地形が広がり、その後に少し急な尾根が続いて、やがて尾根の終端付近は岩が露出する急登となる構造が共通である。今回も最後は日没近くなって急峻な岩場を登らされた。
やばい、平地がない..ミサカ尾根筋には小屋などないので、どこか平地を見つけて寝なければならない。目星としては飛龍山の神社マーク。さすがに少しは平地があるだろうと思っていたが、時間的には日没後の残業を強いられる。やれやれ、と思っていたが、飛龍山の前にある前飛龍の直前の露岩の基部に二畳ほどの平坦地を見つけた。周りは切り立っているが、よほど寝相が悪くなければ転落もしまい。17時直前、既に日は向こうの尾根に近くなり、自分のいる尾根の影が谷を被っている。山肌はまだ全般的に緑だが、ぽつんぽつんと赤や黄色の点描が見られ、紅葉が始まっている様子。
今日はここまで。結構歩いた。

■露営
Tyvekを敷き、シングルツェルトを張った。地面は程良く風化したマサ土であり、ちゃんとペグが効いたのは嬉しかった。自然にできた場所だろうか?人の手が入っている気がする。まぁよい。ありがたい。
シングルツェルトはフットプリントの面積がBivy並に小さく、ガイラインも2本だけなので、こんな場所でも苦もなく張れる。今回は立木に後ろのガイラインを取ることができて助かった。フロントはがっちりとエクスカリバー・ペグを打ち込んで張った。四隅はしっかり効いているから、ツェルトから出ないかぎりは転落はしないはず。
e0024555_185247.jpg

飯は、予め混ぜてきた乾物入りα米を食った。α米100gに松茸のお吸い物、ヒジキ、板麩、代用肉を放り込んで来た。それらをお湯で戻して、削り節と醤油を掛けて食った。乾物混ぜ飯は歯触りもあり、量も増えて食い応えがある。胃の感触からすると朝まで腹持ちしたようだ。
今回は、いつも持ってくるアストロシートによる保温バッグを忘れてきてしまった。何かで保温しないと冷えた飯を食う羽目になる。何か..と見た結果、着替えの靴下で代用することにした。靴下に具の入った飯袋を押し込んで湯を入れて放置していたら飯が膨らんで、妙に暖かいし堅さも人肌、重量感もあって、なんか誰かの取れたばかりの足を持っているような、変な感触であった。
e0024555_193769.jpg

カップ容積の関係で湯は一度に200ccしか沸かせない。一度湯を入れて、再度湯を沸かして追加する。乾物が多いから湯は多めに入れないと戻らない。今回もストーブは固形燃料。
e0024555_110850.jpg


■夜の過ごし
ライトを消して見上げると既に満天の星であった。まだ6時くらいなんだが、山は夜が早くて星が近い。
飯も食ったし、日も落ちたし、ツェルトに潜り込んで寝ることにした。いつもながらラジオを鳴らし、チタンのフラスコから少しバーボンを飲んで、ブラスのキャンドルランタンを外に置いてヘッドライトを消した。外は風が出たがガラスホヤのキャンドルランタンは消えることなく、戸外から柔らかな光を投げかける。頼りない炎だが意外に明るい。
夜になり気温も下がるとシングルツェルトは結露した。風通しの良い入り口あたりは換気されるのでよいが、胸から向こうはビッシリである。足元に換気口を開けたが、もっとドアを開いて風を通さないとダメなんだろうな...これが、もっと透湿素材でできていたら素敵なんだが。壁に触れた羽毛キルトは少し湿った。結露っぽい屋根の時は化繊キルトの組み合わせにすべきだと確信した。たぶん、タープを張ってeVentなどの透湿が優秀な素材のBivyザックと合わせるなら羽毛でも良いだろう。ま、非常用のツェルトなのだ、一晩過ごせればヨシとせねばなるまい。
e0024555_1104233.jpg

温度計によるとこの夜の最低気温は2.6℃、まぁまぁ冷えたようだが、ゼロ度用のキルトに羽毛のインナーパンツとフード付きの薄手のジャケットを着ていたので、汗が乾きだしてからは温かかった。
到着から下着を着替えずにウインドジャケットとして羽毛ジャケットの上にブリーズドライテックのジャケットを着て、そのままキルトに入ったので、なかなか熱が羽毛キルトに伝わらずロフトが出ない感じだし、体も濡れていたので少し冷えた。着いてすぐに着替えればいいのだが、いつも着たまま乾燥させるので最初は冷える。ま、飯を食った後だから熱は生産するだろう。たぶん、レインジャケットの下は蒸れて中の羽毛ジャケットも濡れて潰れて全滅だと思い、胸のジッパーを開けて、脇の下のPitZipも全開にしたら、もわっと湿った暖かな蒸気が出てきて、その後はキルトにも熱が回って暖かくなり、中も乾いていった。羽毛の上に膜モノのジャケットを着たまま寝てはいけないな。羽毛は体に近い場所に置いて、外側は薄くても良いから化繊の袋にするのが総合的に高得点だろう。

■翌日
日差しで目が覚めたのは6時過ぎだった。少し風が強い。8時くらいに寝床を抜けて周りを見回した。おお、冠雪した富士が見える。下の谷はまだモヤの中だ。日差しがあるので急に温度が上がって、ぽかぽかした良い朝を迎えた。
e0024555_1112147.jpg

湯を沸かしてコーヒーと菓子パンで朝食とした。朝から甘い物が食える体質なので、これは手間が掛からずに良い。
食事を済ませて、キルトを干してから撤収した。夜と朝で水の消費は800cc切るくらい。
さて、撤収済んで、飛龍に向かった。前飛龍に登って初めて飛龍が見える。一度下って登り返すのか。飛龍の山頂は樹木があって眺望はイマイチな感じだし、行って休んで戻って2時間くらい、2時間あれば天平で寝そべって単行本でも読んでいる方が幸せかもしれない。早めに下りて下の温泉で一汗流すのも旅としては完結性が高いなと思ったら、飛龍に登る気がしなくなり、踵を返して下りに掛かった。あの気持ちよい道をもう一度ゆっくり歩きたい。飛龍山頂を踏むより、あの山道を歩く方が幸福そうだ。というわけで、名残惜しく気持ちの良い山道を下って、丹波天平で寝転んで本を読んで、来た道とは違う山道で「めのこいの湯」へ下りて、一風呂浴びて、バスで奥多摩に戻って、電車を数本見送りながら食堂でヤマメの燻製で熱燗をやり、皆まだアドレナリンが引かずに、更に少しアルコールが入って騒々しい人が多い電車で奥多摩を離れて帰ってきた。
e0024555_1122220.jpg

下りてきて眺めた丹波の土地は山があり、川があり、畑があり林があり..のどかで、のんびり気持ち良さそうな里に思えた。
e0024555_1124954.jpg


■メモ
・Murmurだが、背面のマットを固定するメッシュ部分が色落ちしてズボンに黒い色が付いた。Mariposa時代にBPLで色落ちが指摘されてその後改善したと聞いていたが、まだ付くようだ。一度ブラシなどで洗った方が良いだろう。
・ザックの出来は悪くない。MLDと違ってベルト類がしっかりしているのが良い。マット取り外し式は休憩時にすぐにマットが使えて便利だった。また、撤収時など、マット丸めの内骨格だとマットを最初に入れないと荷物を放り込めずマットを有効に利用できないが、この方式ならマットは最後でよいから、そう言う面でも便利だ。
・靴下の保温袋は使える。今後はアストロシートの保温袋は持たない。
・α米+乾物飯は、食感良く、飽きずに沢山食べられて良い。腹持ちもする。
・寝具系はダウンの外側に化繊キルトにするのが良いようだ。冬期に向かって結露対策にも有利と思う。そろそろ冬用の高ロフトなキルトを縫うかな。ドル安も落ち着いた動きで決済レートも下がっただろうから素材を発注しないと。
・シングルツェルトは噂通り結露だった。でもあの形状は捨てがたい。ドア全開で寝るくらいな覚悟か、透湿素材で作り直すか...本来なら足元に換気口は設けたくない。足元が冷えると元々温度が上がりにくいくせに発汗しているから結露する。
・今回は水は3Lでおつりが来た。
・未だ食料を持ちすぎる。ナッツバーの類で頑張れば2日くらいは彷徨えるくらいは残った。が、こんなものかな。ここをあまり削っても良くないな。
・出会った獣は、鹿、猿、リス。リスは忙しそうだった。
・栗の上にリッジレストを直接敷いてはいけない。イガが通るし、古いイガは張り付いて、イガを落としても針が残る..面倒くさがらずに先にTyvekを敷くべき。

e0024555_261665.jpg

e0024555_263611.jpg




奥多摩の深い所を探そう...

[PR]
by ulgoods | 2008-10-21 01:21 | 山行
<< 積ん読の山を越えて 賞味期限 >>