4年生

気がついたら、最初の記事から4年目を迎えた。日記も日ペンも三日坊主だったのだが丸三年って自分でも驚く。完全に何かのツボにハマった状態だったと思う。書きたい気持ちが継続し、書く楽しさを覚え、コメントでつながる感触がうれしくて。

その時は何かが不足していたのだろう、最初のBLOGを書き始めるときの書かずには居られなかった衝動を覚えている。10代で不発に終わったバックパッキングを40を過ぎてから再開しようと思っていた所で出くわした超軽量バックパッキング、その世界を形ち作る鋭さを増した思想や技法に触れて自分の魂が沸騰し、やがて脳を侵し発酵して残渣が溢れ出して支離滅裂な文章を製造するようになった。今見ると脱ぎ捨てたパンツを眺めているようでもあるが、自分の体からはぎ取ったばかりの温もりと少し形が残っているそれは目を背けたい反面で何故かいとおしい。

古来からBLOGの上にも3年とはよく言ったもの。この緩い双方向性の媒体を通じて新たな人間関係群を形作ることができたのは大きな収穫で私の宝だ。仮想といわれるNet空間を通して出会った人々と織りなす現実な交わりは出会いの時点で濃ゆいからお互いの人生にまで関わるほど濃密だ。皆、深い。

最近では国内でのUL道具のインプレや使用例や実物を見られるようになって幸せなこと。もう買わなきゃいけないモノもあまり無くなった。最初は私が試さなきゃ感的な買い物が多かったと思うが、お陰様で買いたい気持ちも治ってきたらい。Blogのページビューやランキングもあまり気にならなくなってきたのは、たぶん良いことだろう。

ウルトラライトバックパッキングというのは見た目には格好良くない。雑誌を賑わすファッション性とも無縁。装備もペラペラ薄くて貧弱だし宿泊の姿などは哀れを放散する。でもそんな見た目はどうでも良かった。身一つでは存在が難しい場所に、ある程度の人としての生活様式を保つための最低限な道具だけを持ち込んで、自然から採らず残さず、半ば身を曝してそこに存在し、暗闇に沈んで静かに一夜を過ごすこと、それが私にとって心地よかった。守るものが薄くて軽いから五感が研ぎ澄まされる感覚は私には麻薬だったのだろう。そのために野外で自分を生かしておける最低限の道具戦略を立ててみるパズルに没頭した。山へ行くのはある意味で度胸試しの要素もあったかもしれない。フィールドは山でも庭でも、電車に乗っているときの脳内でも良く、ことさら高い山である必要はない。低い山なら道具を削ればそれで刺激的だ。登山界とは言わない、ハイキング界の詫び寂びか、削り取って本質を求める俳句のようなもの。

最近はこの国の風土に合った山での過ごしを行いたいと思っている。近代に導入されたアルピニズムのお下がりではなく、もしかそれ以前に存在したことの焼き直しになるかもしれないが、今は何かを新たに組み立てたいの感じが強まっていることを意識できる。意識できたことに気づけば出口も見えるだろう。

どうやら易分解性物による一次発酵は済んだようだ。これからは二次発酵のお楽しみかと思っている。
もう少し歩こうか。

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by ulgoods | 2008-07-11 09:03 | 駄文系
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